第34話 世界が変わる

 

「…………」


 三島の話を聞き、何も言わずに考え込む。

 そんな様子の俺を見て三島はため息を吐いた。


「……すみません。やっぱり私、どうかしてますよね。最終試験は辞退してこのまま帰ります。これ以上暴走したら、本当に『X』に迷惑をかけてしまうかもしれませんし」


「三島……」


「貴方に迷惑をかけるのは一向に構わないのですが……なにせ、変質者ですしね」


 三島はそう言って、力なく笑うと席を立った。


 このまま、俺が何も言わずに彼女を行かせてやればどうなる?

 きっと、東大高校に行って彼女の言う『日常』に戻るのだろう。


 "死ぬまでの暇つぶし"

 "人生というヌルゲー"


 そんな生活の延長をこれからも過ごしていくのだろう。


「フゥ~」


 気が付くと俺は、テーブルの上で手を組んでわざとらしく大きなため息を吐いていた。


「流石の三島もアイドルはできないだろうな。なにせ、三島はヌルゲーで満足してるような臆病者だ」


 三島は俺の挑発を聞いて、ピタリと動きを止める。

 そして、馬鹿にしたようにフッと息を吐いた。


「アイドルなんて、私にとって一番簡単だと思いますよ。歌って踊って、可愛く笑っていれば良いだけなんですから」


「そんなに簡単じゃないんだな、これが。そもそも探星高校は日本一入学が難しい高校だ。だから別に良いぜ? 諦めて滑り止めの東大高校にでも行けよ」


「…………」


 三島はまた席に着いて、俺と向かい合わせに座った。


 顔が近いのはそれだけ三島がムキになっているということだろうが、美少女すぎて俺は再び目を逸らしてしまう。


「私が合格できないとでも言いたいんですか? たかがアイドルなんかの試験で?」


「さぁーな。でも、アイドルはヌルゲーじゃない。難易度ナイトメアの鬼畜ゲーだ」


「そりゃ冴えない貴方にとってはそうでしょうね。バカバカしい」


 俺の挑発を聞いて三島は足を止めた。

 それが何より雄弁に三島の本心を語っていた。


 三島は助けを求めている。

 そして、そのことに自分でも気が付いていない。

 退屈という檻から抜け出したくて、

 挙句の果てに、『X』の影を追ってこんな場所にまで来てしまっているくらいだ。


 そんな彼女を救うには……


「なぁ、やってみろよアイドル。俺は――」


 三島が俺と同じだというのであれば。

 三島もまたこの世界で新しい自分を見つけられるはずだ。

 "ヌルゲー"を"神ゲー"に変えられるはずだ。


「俺はっ! お前がステージに立つところを見てみたいっ!」


 『シャーロット』もそうだった。

 お客さんの笑顔を見て彼らは変われた。


 ステージに立って何万人ものファンの大歓声を浴びる。


 そして、変わる――

 アイドル達の見る景色が一変する――

 光が溢れて、世界一綺麗な涙が彼女たちの頬を濡らす――


 俺は、その瞬間のためにアイドルプロデューサーを目指しているんだから。

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