第29話 逃がしませんよ?
「オーケー、落ち着いて話し合おう。だから、その『110』の番号を表示したスマホの通話ボタンから指を外すんだ」
今の俺にとっては、頭にショットガンを突き付けられて引き金に指をかけられているのと変わりない。
彼女は張り付けたような笑顔でニコリと微笑む。
「変質者と話すことなんてないです。それにご安心ください、これからいっぱいお話が出来ますよ。警察署で、ですが」
マズすぎる。
下着を俺に見られてしまった彼女があまり傷ついている様子がないのは嬉しい事だけど……
せっかくここまでこれたんだから、最終試験くらいは受けさせていただきたい。
俺は無い頭を振り絞って彼女に提案する。
「お、お前もアイドル志望なんだろ? 事情聴取とかで最終試験受けられなくなるかもしれないぞ?」
「私は……気の迷いでここを受けてしまったんです。そのままズルズルと最終試験まできてしまいました。すでに東大高校を受かってますのでこのまま失格でも構いませんよ」
東大高校……日本一の難関高校だ。
しかもそんな低いモチベーションで探星高校の最終試験までくるなんて、彼女はきっとアイドルとしての適性が高いのだろう。
しかし、アイドルになること自体にはそんなに興味がないようだ。
彼女も『気の迷い』と言っている。
ならば、これは付け入るチャンスだ。
「そ、そうだ! 俺アイドルプロデューサー志望だからさ! 何か困ってることとかない? 最終試験が始まるまでなら話聞くよ!」
彼女の心の迷いを解消してあげられれば、うやむやになって許してもらえるかもしれない。
彼女は疑惑の瞳でジロリと俺を見る。
「……あなたがアイドルでないことはその冴えない風貌で分かりますが、最終試験? プロデューサー枠はアイドル以上に合格者数が少なくて難しいはずですが?」
「ほ、本当に最終試験まできたんだって! 試験で一緒になった担当アイドルが頑張ってくれたおかげだけど!」
「アイドルのおかげ……ですか」
彼女は少し考え込むように顎に手を添えると、もう一度大きなため息を吐く。
「……分かりました。流石に最終試験が受けられないのは可哀そうなので勘弁してあげます」
「ほっ……良かった。それじゃあ、君も最終試験頑張って」
俺が踵を返して教室に戻ろうとすると、後ろから服をグイッと引っ張られた。
「どこに行こうとしてるんですか。言いましたよね? 『何か困ってることがあるなら話を聞く』って」
「……へ?」
「話、聞いてください。困ってるんですから。お願いします、この通りです」
そう言って、彼女は『110』が表示されたスマホの通話ボタンに再び指をかける。
俺の知ってるお願いの仕方と違うな。
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