第25話 二反田とアイドル『X』

  【前書き】

引き続き、二反田ちゃん視点です。

――――――――――――――


 何も考えられない頭で、俺、二反田真子にたんだまこは琴浦お姉ちゃんの言葉を聞いた。


「あいつと一緒にいると色んな男の子たちとも関わりが持てたから一緒にいただけよ」


「じゃあ、なんで孤立させたの?」


「男みたいな性格のくせに、あいつ、胸とか私よりずっと大きくなりだしたのよ。あんなのが男子たちのそばにいたら私が小さく見えちゃうじゃない。だから根回ししたの」


「根回しって?」


「私は先輩だからね、みんな言うことを聞いてくれたわ。あいつが男と一緒にいるのをからかわせたり、女子たちにも『真子はビッチだ』って嘘ついて無視するように言っておいたわ」


「こわー、琴浦は絶対に敵に回したくないわ~」


 そんなことを言って笑いながら学校まで歩いていく。


 俺は路地裏でうずくまったまま、動けなかった。

 信頼してた。

 家族以外の、唯一の私の味方だと思ってた。


 でも、違った。

 裏切られた俺にはもう、立ち直れる自信が無かった。


 ◇◇◇


「明けましておめでとう~!」


 親戚が一堂に会するお正月。

 俺はお母さんの手伝いをして、沢山お料理を作ると自分の部屋に戻って行った。


 親戚にも合わせる顔がなかった。

 従姉妹いとこたちは元気に学校に行ってるけど、俺だけ行けてないから。

 お父さんもお母さんも、そんなの気にしなくて良いって言ってくれてるけど。


「それにしても、真子はまだ学校に行っとらんのか!」


 祖父の声が私の部屋にまで聞こえた。

 この人は少し声が大きいから苦手だ。


「全く、たかが盗撮されたくらいで! 最近の子供は根性が無くていかんな!」


 きっと、お父さんとお母さんがなだめている頃だろう。

 俺は怖くて部屋で布団をかぶる。

 祖父の声は続いた。


「大体、ご飯も服もタダじゃないってのに、学校すら通わないで申し訳ないと思わんのか!」


「こんな調子じゃ高校も行けないだろ! アルバイトでも何でも良いから働かせて社会の厳しさを教えた方が良い!」


「全く、他の子どもたちはちゃんとしてるのに! お前のとこの子供だけ恥ずかしいぞ!」


 俺は漏れて聞こえる祖父の声にあえて聴き耳を立てていた。

 こうして自分が傷つくことで、罰を受けているような気になって自分を許したかったからだと思う。


 親戚がみんな帰った後に居間に行くと、お父さんとお母さんは俺に満面の笑みで語りかける。


「おじいちゃんたち、真子が作ったご飯が美味しいって言ってたわ!」


「そうそう、良いお嫁さんになるって、嬉しそうだったよ!」


 2人とも俺に嘘をついてまで気負わせようとしないでくれた。

 本当は、俺のせいで肩身が狭いはずなのに。


       ◇◇◇


 琴浦お姉ちゃんの件でゴミ出しにも行けなくなってしまった俺はゴミ出しをお母さんに任せて自分の部屋に戻った。


 天気が良いので窓を開くと、ご近所さんたちの声が聞こえた。


「二反田さんの所の娘さん、ずっと引き込もってるそうよ~」


「怖いわね~、突然暴れたりしないかしら? 琴浦さんのとこみたいに上手くいってるご家庭もあれば二反田さんみたいなところもあるのね~」


「きっと、親の教育が悪いのよ! 2人とも冴えない感じがするし」


「そうよね~……あ、あら!? 奥様、こんにちは~!」


「こ、こんにちは! 良いお天気ですね~! あはは!」


 きっと、お母さんもお父さんも自分たちがどう思われているかは知っているはずだ。


 俺のせいでお父さんやお母さんが悪口を言われてる。

 世界で一番の、自慢の両親なのに。


(俺なんか、生まれてこなければ良かった……)


 そうだ、今からでも遅くないのかもしれない。

 これ以上迷惑をかけるくらいなら――そうすれば俺も楽になれる。


 俺はこの世から居なくなる方法を調べる為にパソコンに電源を入れる。

 頭が冷静じゃなかった。

 またこのまま自分がダラダラと生きながらえるくらいなら、終わらせた方が良いと思っていた。


 その時、突然部屋のテレビが点いた。

 どうやらリモコンを踏みつけてしまっていたらしい。


「"――昨日の『シャーロット』のライブがネット上で大きな話題になってます!"」


 やけに興奮した様子のアナウンサーに、俺は目を奪われた。


「"なんと! 代役で登場したが会場を熱狂の渦に巻き込みました!"」


「"最初、淳史あつしが登場しないって言われた時は金返せ! って思ったんだけど……"」

「"その後、すっごいカッコ良いアイドルが出てきたんだよね~! 思わずみんな黙っちゃって!"」

「"しかも、歌も上手いし踊りもキレキレ! メンバーの事も熟知してるみたいでアドリブがもう最高で! ……あっ、鼻血が」


 そして、アイドル達が踊るシーンが流れる。

 それはまるで夢を見ているようで。

 歌も振り付けも凄く素敵で……

 そして……『X』がニコリと画面の向こうから私に微笑みかけてくれている気がした。

 なんとなく、どこかで見たことがあるような笑顔で……


「うぅ……うぅぅ……!」


 とめどなく涙が溢れる。

 俺はハンカチを手に取って自分の涙を拭った。

 盗撮から守ってくれたあの少年がくれた、青いハンカチだ。


 死ぬ前にまだできることがあるかもしれない。

 アイドル……俺なんかには無理かもしれないけれど。

 俺もこんな風に笑ってみたいと思った。

 誰かに愛されてみたいと思った。


 ――俺は立ち上げたパソコンで『探星高校 受験申込み』で検索した。

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