第24話 それは星を掴むような話

 【前書き】

引き続き、二反田ちゃん視点です。

――――――――――――――


「…………」


 電車で盗撮をされてしまった次の日。


 俺、二反田真子にたんだまこは自分の部屋で制服を持って立ちすくんでいた。


(や、やっぱり無理だ……スカートなんて……また、あんなことされたら……)


 もともと無理をして制服を着ていた俺はそう思ってジャージを着る。


 朝ごはんを食べて、学校に行こうと家の扉に手をかけた。


 しかし、そこで身体が動かなくなった。

 思い返すのは昨日の盗撮事件だ。

 いや、ずっと頭の中でこればかりを考えている。


(盗撮……されてたんだよな。俺の身体、見られてた。他にも女の人は居たのにわざわざ俺を……俺が、普通じゃないから? 何でだ? どうして……嫌だ)


 玄関で立ち尽くしてしまっていた俺に気が付いて、母さんが声をかけてくれた。


「真子、やっぱりまだ昨日の事ショックなんじゃない? 良いのよ、今日は無理して行かなくても」


「お母さん……」


「心の傷は簡単には癒えないの。しばらく家でゆっくりとしていなさい」


 そう言って、俺の肩にかけたカバンをおろしてくれた。


 心も同時に軽くなった。

 学校にも友達がいない私にとって、教室というのは一人でいるだけで居心地が悪かったから。


 でも、そうすると今度は家の居心地の良さに慣れてしまって……

 俺は中学校に行けなくなってしまった。


       ◇◇◇


「真子、美味しいわ! またお料理上手くなったんじゃない!?」


「あぁ、これを食べればお父さんも一日仕事を頑張れるぞ!」


「えへへ、ありがとう……。もっと色んな料理を作れるように頑張るよ」


 不登校になってしまった俺を、両親は全く責めなかった。

 いつもニコニコして俺の心の傷が癒えるのを待ってくれているようだった。


 でも、俺はさらに周囲の人の視線が怖くなってしまっている気がした。


 そのまま2年間、3年生に進級する春にも俺はまだ学校に行くことができていなかった。


「お母さん、ゴミ出し。俺がやるよ」


「真子が行ってくれるの!? 助かるわ~」


 学校に行けてない罪悪感から俺は家事を積極的に手伝っていたけれど、今日はゴミ出しにもチャレンジすることにした。

 いつまでも外に出られないままじゃ居られない。


 家じゅうのゴミ箱からゴミを集めて袋にまとめると、俺はそれを持って家を出る。


「あらっ! こんにちは~!」


 すると、元気な声でご近所の人が声をかけてきた。

 俺は驚いてつい物陰に身を潜めてしまったけど、その挨拶はどうやら俺に言っていたわけではないらしい。


「こんにちはっ!」


 元気に挨拶を返していたのは近所に住んでいる一つ上の先輩。

 琴浦お姉ちゃんだ。

 その琴浦お姉ちゃんが女の子の友達2人と一緒に登校していた。


「聞いたわよ? あの宝船ほうせん高校に受かったらしいじゃない! 凄いわ!」


「あはは、たまたまですよ~」


「何いってるの! 宝船ほうせん高校といえば、名門の芸能高校じゃない! 凄いわ! ウチの近所の自慢ね!」


「ありがとうございます! 最高のアイドルを目指しているので、頑張ります!」


(アイドル……! 琴浦お姉ちゃんもアイドルを目指してるんだ!)


 思い出すのは、電車で俺を助けてくれた少年のこと。

 あの子もアイドルプロデューサーになるって言ってた。


(琴浦お姉ちゃんの話……気になるな……)


 俺は駆け足でゴミを収集場所に出すと、こっそりと琴浦お姉ちゃんとその友達が登校する後ろを隠れながらついて行った。

 アイドルについて話してくれるかもしれない。

 そう思って聞き耳を立てる。


 琴浦お姉ちゃんは女の子たちと談笑しながら歩く。


「琴浦、本当にすごいよね! 宝船ほうせんに受かっちゃうなんて!」


「あら? 当然でしょ? 私は学校で一番可愛いんだから」


「でも、一番の芸能学校は探星たんせい高校でしょ? そっちは受けなかったの?」


 友達の疑問に琴浦お姉ちゃんは苦虫を嚙み潰したような表情をする。


「う、受けたわよ……。でも探星高校に受かるなんて本当に星を掴むような話だわ。私ですら1次で落とされたんだから」


「倍率もとんでもないもんね~。受験料が無料だからっていうのもあると思うけど」


「そうなのよ。あれは本当に選ばれた人間しか入学できないわね」


 琴浦お姉ちゃんはそう言ってあきれ顔でため息を吐く。


「そういえば、さっき真子ちゃんの家の前だったけど真子ちゃん全然見ないよね~」


「昔はよく男の子たちと遊んでるの見たけど……噂だと不登校になっちゃってるらしいよ?」


 突然、俺の話が始まって俺の心臓はドクンと跳ねた。

 大丈夫、ここに居るってバレなければ……。


(琴浦お姉ちゃんは俺のこと、どう思ってるんだろう?)


 昔から、結構可愛がってくれた琴浦お姉ちゃん。

 きっと優しい言葉をかけてくれると思う。


 琴浦お姉ちゃんはその話を聞いて、吹き出すように笑い出した。


「あはは! そりゃーそうよ! 私があいつを孤立させたんだから!」


(……え?)


 俺は耳を疑った。

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