第21話 無記名のパスポート

 

「2次試験の通過者に二反田の名前が無かった……?」


 俺が問い返すと、二反田は少し残念そうな笑顔で笑う。


「あはは、仕方ないよ。俺はアイドル衣装姿になれないって駄々をこねたし、雑誌のカバーが3位を取れたのは杉浦のおかげだ」


 そして二反田はすぐに、満面の笑みに戻った。


「だから、俺は嬉しいんだ! 杉浦が2次試験に受かってくれて嬉しい! 杉浦の実力がみんなに認められて嬉しい! 本当に、自分が受かるよりも嬉しいんだ!」


「二反田……」


「俺は……俺は何もできなかったからさ……」


 違う。

 二反田は頑張ってた。

 俺を信頼して、自分の弱みを話してくれた。

 服が透けてアイドル服を下に着ているのが見えるようにするのも二反田が提案したことだ。

 霧吹きで自分の私服を濡らして、恥ずかしいのを我慢して協力してくれた。

 ライブ終わりのリアリティを出したいと言って、実際に走り回ってヘトヘトになってから撮影してくれた。

 できることならなんでもしたいと、必死になって……。


 気づいたら俺は、グラサン試験官の前に立っていた。


「……紙に二反田さんの名前が無いのですが、どういうことでしょうか?」


 グラサン試験官は仏頂面のまま答える。


「言っただろ? 最終選考を受けるのはそこの紙に書かれたアイドルのみだ。名前が無いなら、二反田は最終試験に進めないってことだ」


「あの雑誌のカバーは二反田さんが居ないとできなかった。3位になれたのは彼女のおかげです。撮影時の採点をやり直してくれませんか? このとおりです」


 俺は受験生たちが見ている全員の前で土下座をしようと膝を折ると、月読が慌てて飛び出して俺の腕を掴んで止める。


「杉浦、落ち着いて。気持ちは分かるけど、これ以上食い下がると試験の進行妨害になる可能性がある。君まで失格になるかもしれない」


「そんなの別に――」


 頭に血が上ったまま言い返そうとすると、月読は懇願でもするように俺の肩にポスンとおでこを当てた。


「杉浦……君は素晴らしいプロデューサーだと思う。だから、二反田さんの気持ちだって考えられるはずだ……」


 俺はハッとして二反田を見た。

 突然の俺の行動に驚いて瞳を丸くしている。


(そうだ……二反田がこんなこと望んでるはずがない。ましてやこれで俺が失格になったりしたら二反田はどう思う?)


「……すみませんでした。試験の案内を続けてください」


「良い仲間が居るじゃねぇか」


 俺が引き下がると、グラサン試験官はフッと笑う。


「月読、ごめん。ありがとう」


「全く、いつ杉浦がまた暴走するか分からないから罰としてこの腕はもうしばらく預からせてもらおうかな」


 そう言うと、月読は俺の右腕を掴んだままでいる。


「――ま、全くだ! 俺の為にあんな事してくれたのは嬉しかったけどさ……。杉浦が無茶しないように俺も掴んでおくっ!」


 そう言って、二反田も顔を赤くして俺の左腕をギュっと抱きしめる。


(あの……二反田さん。胸が当たってるというか、もはや腕が挟まれてます……)


 二反田の凶悪な胸と月読の手。

 両腕に柔らかい感触を感じつつ、俺は観念して静かにグラサン試験官の説明の続きを聞いた。

 二反田の不合格についてはどうにかもう一度後で詳しく聞きたい。


「それでは、説明を再開する。アイドル志望の者たちには事前に伝えていたが。『特例措置』の件だ」


 アイドル側にだけ、試験のルールがもう一つあったようだ。

 特例措置とはなんだろう。


「――これにより、受験番号28番二反田にたんだ真子まこは本試験を持って特待生合格とするため、最終試験を免除とする!」


「……え?」

「……え?」


 俺たちは意味が分からず、二反田がグラサンに尋ねる。


「と、『とくたいせい』って何ですか? どんな体勢なんですか? どうお得なんですか?」


「特待生とはその名の通り、『特別待遇で迎え入れる生徒』のことだ。二反田真子については、初年度の学費の全額免除及び上級クラスでの入学を打診する予定だ」


 少し考えて、二反田は当然のことを聞く。


「……あれ? 俺って最終試験受けられないんじゃ? 名前、無かったし」


「先ほど説明した通り、そこの紙に書かれているのは『最終試験を受ける者』だ。二反田は受けずに合格だから当然、名前も書かれていない。以上だ」


「なるほど~。って、な、なんで~!?」


 俺の腕をさらに強く抱きしめて、二反田は絶叫した。


 ――――――――――――――

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