第15話 とっておきの作戦

 

 今まで聞いた話をふまえて、俺は二反田に質問していく。


「アイドル衣装はどこが恥ずかしいんだ?」


「ぬ、布の面積が小さすぎるところだ。太ももに脇とかお腹まで見えちまうし……」


「なるほど……」


 恐らく、アイドル衣装を纏った二反田をただ撮影するだけでかなり良い雑誌のカバーができあがるだろう。

 一瞬見させてもらっただけだが、息をのむほどの美しさだった。


 幼少期からスポーツをしていた後に引きこもったせいか、手足が長くスラっとしているのに肉付きも良い。

 太っていないのにムチムチしていて、包み隠さずに言ってしまうと扇情的な身体だ。

 まぁ、ここは好みもあるだろうが……少なくとも俺の好みだった。


(撮影スタジオの予約時間までは後10分。そんな短時間で二反田にアイドル衣装で撮ってもらうように説得はできない。なにより……二反田の将来を考えると我慢させて無理にやらせたくはない)


 俺はグラサン試験官の説明を思い出す……

 たしか、こう言っていた――


『必ず、指定したアイドル衣装を着てもらう』

『実際に出来上がった雑誌の表紙を並べて試験官たちが見てそれぞれ一つの気に入った作品を選ぶ』


 ――であれば、こういうアプローチもアリなはずだ……!


「……よし、二反田! 今から俺が言うとおりにして!」


 俺は耳元で二反田に作戦を伝える。


「ほ、本当にそんなんで良いのか?」


「あぁ、これなら二反田も撮影できるだろ? 後は俺に任せとけ!」


「……あぁ! 分かった!」


 二反田は俺の指示に従う為に、元気よく飛び出して行った。


 ◇◇◇


「――あら? あんた、まだ居たの?」


 俺は撮影スタジオの前で撮影の構図を考えてペンを走らせつつ二反田が来るのを待っていた。

 すると、先に撮り終えた花宮とさっきの男性プロデューサーが出てきた。


「あはは、もしかしてあの子に逃げられちゃったの?」

「おいおい、あんなに啖呵を切っておいてそのザマかよ」

「本当に馬鹿なことをしたわよね。あのまま私と組んでいれば最高の雑誌のカバーが出来てたのに」


 2人は一人で居る俺を見て笑う。


「あの子は逃げてない。ちゃんと戦うことを選んだよ」


「俺は花宮さんのおかげで最高の写真が撮れたから良いけどよぉ。アイドル服を着て撮影することすらできないなんて、アイドル失格だぜ?」


「誰でも、最初から全部持ってるわけじゃない。みんなが当然にできていることができない子だっている。でも、スタートが遅くても、一緒に努力すれば追いつける。そうやって、一緒にアイドルになっていくんだ」


「あんな信念のない子じゃ無理よ。私は芸能界でどうしても叶えたい夢があるの、あんな子には負けないわ」


「夢? 花宮さんの夢ってなんだ?」


 プロデューサー志望の男が尋ねると、花宮は得意げに自分の銀髪を手でなびかせた。


「ふふん、決まってるでしょ? 結婚して世界一幸せになるためよ」


「なんだよ、割と普通の夢じゃんか。ていうか、それってアイドルじゃなくてもよくね?」


 プロデューサー志望の男がそう言うと、花宮は人差し指を左右に振る。


「まだ分からないかしら? 数カ月前、日本中の女の子を恋に落とした男性がいるでしょ?」


「それって……」


 俺は嫌な予感を感じる……。


「そう、謎のカリスマアイドル『X』様! 絶対に私があのお方と一緒になるの!」


 思わずズッコケそうになる。

 何をおっしゃっているんだこの方は。


「どうして『X』と結婚したいんだ? まだ話すらしたことないのに」


「あら? なんでそんなこと言いきれるの? 私はもう『X』様と仲良しかもしれないわよ?」


「い、いやー。『X』はすぐに表舞台から姿を消したし……。そんなことよりも、理由を教えてくれよ!」


 俺が自爆しそうになっていると、花宮は流暢に語り出す。


「私は人に羨ましがられたいの。それこそが私が芸能界に居る理由よ。別に珍しいことじゃないわ、高い時計を買うのも、宝石を身に着けるのも、自分を高く見せて羨ましがられたいからでしょう? 女性にとって、誰もが結婚したいと思っている『X』様と自分が結ばれるのが何よりの優越感なのよ」


「ゆ、優越感?」


「そうよ。男性だって、美しい女性と一緒に居たいのは誰もが羨むような人間と自分だけが特別な関係であるという優越感でしょ?」


 花宮の話を聞いて、男性プロデューサーは「確かに」とうなづいた。


「それに、『X』様のお顔も歌もダンスも本当に最高だった……! きっと、モデルや俳優としても大活躍間違いなしよ! だから、私は『X』様の手を取って芸能界にもう一度引きずり出し――コホン。妻として支えていければなって思うの! 身も心も尽くすし、あの方の為だったら何だってできるわ!」


「……ひぇ」


 思わず小さな悲鳴が出た。

 花宮に俺の正体がバレたらもうアイドルプロデューサーは出来ない。

 というか、目が怖い。


「だからまぁ、あんたみたいな冴えないボサボサ頭に付き合っている暇はないのよ。私は先に行くわ、さようなら」

「へっへっへっ、出来上がった雑誌のカバー。楽しみにしてるぜ~」


 すでに勝利を確信しているのだろう。

 2人はそう言い残して去って行った。

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