第14話 隠された魅力
「感謝するぜ、物好きな候補生さんよぉ。これで俺は2次試験は良い成績で通過できそうだぜ」
担当のアイドルを入れ替えると、プロデューサー希望の男は花宮と共に改めて撮影スタジオの予約を入れる。
そして、花宮はうずくまったままのベンチコートのアイドルを見てプッと噴き出した。
「それにしても……あはは、何よこの子! 泣いてるのにお化粧が崩れてないから不思議だったけど、そもそもしてないじゃない! どうやら勢いで応募してきただけの子供みたいね。これは遊びじゃないのよ?」
ベンチコートの子は顔を真っ赤にして立ち上がり、グラサン試験官に深く頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 俺は棄権しますから、代わりのアイドルを用意できませんか? 俺のせいで替わってくれたこいつまで試験に落ちるのは……」
立ち上がったところを初めて見たけれど、意外と身長が高い。
少なくとも、170センチくらいはありそうだ。
「ダメだ。アイドルを上手く撮影させるのもプロデューサーの仕事だ。撮影が出来なかったなら、それはそいつの実力というわけだ」
「そ、そんなぁ……」
「まだ諦めるには早い。撮影スタジオの予約はしておいたから、時間がくるまでにどうするか2人で考えよう」
俺はその子を連れて周りに人がいない場所まで移動する。
自販機で温かいココアを買うと、二人でベンチに並んで座った。
「温かい飲み物を飲むと自律神経が整ってリラックスできるんだ。とりあえず、飲んで落ち着いて」
「あ、ありがとう……」
ベンチコートのアイドルは一口飲むと、ホッとした表情で息を吐いた。
「俺の名前は
「お、俺の名前は
すぐに頭を下げて謝ってしまう彼女。
こんな子にあれだけ酷い言葉を投げつけたあいつが、ますます許せなくなってきた。
二反田は自虐的に笑う。
「あはは、このコートを脱いで写真を撮るだけなのに……こんな些細な事すらできない俺ってやっぱりアイドルは無理……だよな」
二反田の言葉に俺は強く首を横に振る。
「些細な事なんかじゃない。問題の大きさは本人にしか分からない。俺はその問題を一緒に解決したいんだ。だから、できる範囲で良い……二反田の事、話してくれるか?」
俺がそう言うと、二反田はギュッとココアの缶を握る。
そして、ポツリポツリと話し出してくれた。
「俺、ずっと自分は男だと思って生きてきたんだ。身長も高いし、運動も好きだったから。男友達たちとずっとサッカーボールを追い回してた」
二反田はゆっくりと話を続ける。
「でも……中学生になってようやく俺は自分が女だと分かった。他の男友達と身体つきが違ってきたし、可愛い服や小物とかが好きになってきた。ただ、いきなり女の子らしく振舞えなんて言われても分かんなくて……友達も上手く作れなかった」
取り繕うことなく話をしてくれた。
それだけ、俺を信頼してくれたのかもしれない。
俺も真剣に耳を傾ける。
「きっと、周りに上手く溶け込めてないんだと思う。今だっていつも、凄く周りの視線を感じる。電車で盗撮されたこともあったから……」
(人に見られることへのトラウマか……)
二反田はまだ中学を卒業したばかりだ。
心の問題は大きいだろう。
「だから、中学生になってすぐに引きこもりになっちゃったんだ。でも、部屋のテレビで女の子のアイドルたちを見て密かに憧れてた。俺もこんなふうに可愛く堂々とできるようになりたいって。だから応募したんだ。あはは、あの子の言う通り、俺の志望理由はただの勢いだ……」
二反田の身体は小刻みに震えていた。
俺に話をするのも凄く勇気を振り絞っているんだと思った。
「俺は身長が高いし、制服のスカートも恥ずかしくて履けなかった。だから、いきなりこんな衣装を着て大勢の人に注目されると思うと……怖くて」
今回指定されたアイドル衣装はヘソ出しで、ノースリーブのうえミニスカートだ。
確かに、露出が多すぎてトラウマを持つ彼女には難しい。
俺は二反田を励ます。
「大勢の人に見られるのは誰だって怖いよ。それに、二反田はそんな自分を変えたくて今回の入学試験を受けてるんだろ? それは誰にも負けない立派な志望理由だと思う」
「杉浦……!」
「二反田がアイドルをやりたい気持ちを他の人が否定できるはずがない。大事なのはお前の気持ちだ」
「ありがとう! 俺、できる限り頑張るから!」
二反田は涙ぐんで俺を見つめた。
さて、どうするか……
撮影スタジオには当然、採点の為に複数人の試験官が部屋にいて撮影の様子をテェックしている。
試験官たちに見られながらの撮影は免れないだろう。
考えていると、二反田は俺のことをチラチラと見ながら恥ずかしそうに呟いた。
「その……い、一応コートの下には着てるんだぜ? アイドル服。ここは誰もいないし、杉浦にだけだったら……見せられる……と思う」
「いや、大丈夫。頑張ってくれるのは嬉しいけれど無理はさせたくないし」
「じ、実は……更衣室でも周りの女の子たちにジロジロ見られてた気がするんだ。俺は外に出るのも久しぶりだし、アイドル衣装姿がおかしいのかも……。だから、杉浦が見て確認してみて欲しい……」
「そういうことなら。俺で良ければだけど」
「す、杉浦が良いんだっ! その……、優しいから」
そう言って、二反田はコートの前ボタンを外すと脱いで、アイドル衣装の姿を見せてくれた。
しかし、やはり恥ずかしさに耐えきれなかったのかすぐに顔を真っ赤にしてコートを着なおしてしまう。
「ど、どうだ!? 変じゃなかったか!?」
二反田のアイドル衣装姿を見た俺は思わず固まってしまった。
「……杉浦?」
「――あ、あぁ! 変じゃないぞ! これで一歩前進だな!」
「そっか! えへへ、お前にだけでも見せられてよかった!」
自分から踏み出してくれた二反田の成長を俺は一緒に喜ぶ。
そして、今ので二反田が『いつも視線を感じる』と言っていた理由も分かった。
二反田は自分が似合わない変な格好をしているからだと思い込んでいるが、実際は違う。
二反田は『スタイルが良すぎる』のだ、思わず周囲の目を引くほどに。
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