第13話 試験よりも大切なこと

 

「ほら、撮影スタジオは向こうでしょ? すでに少し出遅れているわ、予約を入れに行きましょ」


「は、はい!」


「貴方は何も口出しせずにただ撮ってくれれば良いわ。私が最高のモデルになってあげるから」


 流石は人気ナンバーワンモデル、凄く頼もしい言葉だ。

 俺はそんな花宮と一緒に複数用意されている撮影スタジオの1つの予約受付に向かう。

 グラサン試験官が「いらっしゃいませ~!」と言いながら受付していた。


(よし、運が良いぞっ! 俺は1次試験でブービーだから、2次試験でどれだけ高得点が取れるかが勝負だ! 凄く良い表紙が出来て巻き返せるかもしれない!)


 心の中でガッツポーズをしていると、受付の横でシクシクと泣いている茶髪のアイドルの女の子がいた。

 なぜか、アイドル衣装ではなく身体全体を包み込む大きなベンチコートを着ている。

 そして、泣きながら声を上げた。


「俺がアイドルなんてやっぱり無理だったんだ~! 撮影なんて無理だ~!」


(俺っ子か珍しいな……何があったんだろう?)


 そんな様子を見て、彼女のペアらしいプロデューサー志望の男は大きなため息を吐いた。


「あのなぁ、こんなのちょっと恥ずかしいだけだろ? そんくらい我慢してさっさとそのコートを脱げよ。どういう感じに撮るか考えなくちゃなんねぇんだから」


「う……うぅ……無理ぃぃ……」


 その男性プロデューサーは俺と花宮を見る。

 そして、半ば自暴自棄になっている様子で声を荒げた。


「良いなぁ~お前は"当たり"でよぉ! こっちは"ハズレ"だ。衣装姿を人に見せることすらできねぇ! こんな奴がアイドルなんてなれるワケがねぇだろ!」


 容赦なく自分のパートナーであるアイドルに暴言を吐く男。

 アイドルはベンチコートに顔を埋めてシクシクと泣くばかりだ。


「俺……やっぱり、無理なのかなぁ……アイドル、なりたいけど……こんな格好で撮影なんて……」


 彼女は顔を真っ赤にしながら泣き続けていた。


 そんな様子を見て、俺はつい口を挟む。


「確かに、運が悪かったな。こんなんがパートナーじゃ、どうしようもない」


「だろ~? あ~あ、こんな奴1次試験で不合格にさせとけよ」


「全くだ――」


 俺は泣いている彼女に、1次試験であの子に貰ったハンカチを差し出す。


「こんな男がパートナーじゃ俺だってワンワン泣きたくなる」


「……は?」


「……え?」


 俺は、グラサン試験官に聞いてみる。


「担当のアイドルを変更することってできますか? 例えば俺が彼女を撮影するとか」


 今、ここでこんな風に心を折られたらこの子はもうアイドルを目指すことはできなくなってしまう。

 それは、俺が試験で不合格になることよりもはるかに深刻な事態だと感じた。


 グラサン試験官は顎に手を当てて見解を述べる。


「ふむ……実際は君たち自身が担当するアイドルを発掘し、仕事をするからな。この場に居る者たちの利害が一致したのであれば担当アイドルの交換は認めよう!」


「えっ!? マジ!? お前、こいつと花宮さん交換してくれんの!?」


 男性プロデューサーは期待に満ちた目で俺を見る。


「花宮さんはどうかな?」


「私はどっちだって良いけど~? 撮影さえしてくれれば私一人の力で2次試験は突破できるしね」


「じゃあ、変更お願いします!」


 俺は花宮の意思を確認すると、迷いなくお願いした。

 泣いている彼女から一刻も早くこの男を引きはがしたかった。

 これ以上、自信を失わせないために。


 変更が成立すると、グラサン試験官は確認してきた。


「お前には彼女をどうにかする自信があるってことか?」


「俺は彼女の力になりたいです。今はただ、それだけです」


 ベンチコートを着たアイドルは顔を赤くしたまま、驚きの表情で俺を見つめている。


「お前みたいな馬鹿は嫌いじゃねぇぜ」


 グラサン試験官はそう言ってニヤリと笑った。

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