第9話 1次試験、開始
「候補者のみなさん、こちらで~す!」
試験会場の係の人たちが誘導する。
自分の受験番号を見て、俺はその指示に従った。
今日もちゃんと髪はボサボサの眼鏡姿で来ている。
俺が謎のアイドル『X』だとバレることはないだろう。
そのまま、俺は探星高校の一室に用意された机へ着席した。
間もなく、教室には続々と人が集まってくる。
試験開始の定刻になると、壮年の試験官の人が前にある教壇で説明を始めた。
「この教室に居る君たちはアイドルプロデューサー志望です。1次試験として課題を出しますので、まずは資料をお配りいたします」
そう言って候補生全員に手渡された数枚の紙には、とある5人組のアイドルグループの情報が書かれていた。
試験官は説明を続ける。
「パソコンは持ち込んでいますね? どんな方法でもかまいません、彼女たちを担当アイドルだと思って私たちにプレゼンテーションをしてください。プロジェクターはこちらで用意してあります。資料の作成時間は8分、発表時間は1人2分になります」
資料は10枚、うち1枚は5人分の宣材写真だ。
活動経歴や実績、SNSの人数、ファンクラブの会員数などのプロフィールも細かく載っている。
「今年は受験生が非常に多く、作業をする部屋はアイドルを志望する受験生の皆さんと同じ部屋になります。向こうも課題を課されていますので、お互いに邪魔をしないようにしてください。――では、開始」
それだけ言うと、流れるように突然の試験開始宣言がなされた。
みな、少し戸惑いつつも急いで隣の作業室へと移動する。
(なるほど、突然の対応力も問われてるのか……確かにマネージャー業務はアドリブの連続だ)
俺も急いで隣の作業部屋に移動する。
そこでは、試験官も説明していたように女性アイドルの候補生たちが同室で課題を受けていた。
みんな、手に冊子を持ってそれを必死に読み込んでいるようだった。
(あれは台本かな。アイドルは演技力が大事だ、ドラマに出ることもあるし、女優と遜色のない仕事も任される)
さすがは芸能の名門校、かなり先のことまで見据えていると感心しつつ俺は床に座り、パソコンをカバンから取り出して起動する。
作業時間はたったの8分、他の候補生よりもプレゼンの完成度を高める為に1秒も無駄にするわけにはいかない。
「――あ、あのっ! すみません、誰かこの台本を声に出して私に読んでくれませんか!?」
そんな中、1人のアイドル候補生の声が室内に響く。
ミディアムヘアーの黒髪が良く似合う、可愛らしい女の子だった。
そんな彼女の願いは、他のアイドルたちからは沈黙で返答された。
その子は困った様子で近くのアイドル候補生にすがるように声をかける。
「い、一度だけでいいんです! お願いできませんか!?」
「なんで私があんたに読み聞かせしなくちゃなんないのよ! 時間が無いのは分かってるでしょ!」
「そ、そうですよね……すみません」
その子はそれっきりうなだれて、部屋の隅で黙ってしまう。
俺はため息を一つ吐くと、自分のノートパソコンをパタンと閉じた。
「俺で良かったら読むよ。プロデューサー志望だから、アイドルが困っているなら助けなくちゃ」
そう声をかけると、その子は花が咲いたように笑った。
とても素敵な笑顔だった。
「あ、ありがとうございます! 私、アイドル志望の
理由は聞かずに俺は一ノ瀬の台本を預かった。
分からないけれど、きっと読んでもらわないといけない理由があるのだろう。
あまり周囲の迷惑にならないように、俺は小声で朗読する。
彼女はニコニコしたままそれを隣で聞いてた。
「とても綺麗な声ですね~。私、貴方の声が凄く好きです!」
そんなことを言われて少し照れながら、全部読み終える。
俺は尋ねた。
「これで読み終わったけど……もう一度読もうか?」
一度通して読むのにかかった時間は約3分、もう一周するとなると流石に俺の作業時間が無くなるが……。
それでも、困っているアイドルを見捨てることなどできない。
「いいえ! 大丈夫です! 本当にありがとうございます!」
そう言うと、一ノ瀬は台本を閉じてしまった。
他のオーディション参加者たちはまだ必死に覚えている最中だというのに、彼女はもう台本に目を通す必要はないと言わんばかりの様子だ。
「ほ、本当にもう大丈夫? これ、全部覚えなくちゃいけないんじゃないの?」
「はい! でも、全部覚えましたので」
俺は試しにもう一度台本を預かっていくつか会話の部分を読み上げる。
すると、一ノ瀬は一字一句間違えずに返答した。
凄い……天才だ。
一ノ瀬は俺に深く頭を下げる。
「すみませんでした……実は私、文字を読んだり書いたりすることができないんです」
少し照れるように笑いながら言う一ノ瀬。
「……文字が、読めないし書けない?」
「はい! あっ、でもそれ以外は普通なんです。だから、なかなか理解されないんですよ。ふざけてると思われて毎日学校で怒られちゃってました、それでイジメとかも結構……あはは~」
「…………」
言葉が出なかった。
小さい頃から文字を読むことも書くこともできない。
きっと、今みたいに困っても周りが手を貸してくれない場面もあっただろう。
そう思うと、胸が痛んだ。
「だから、アイドルなんて無理だって言われてたんですけど……テレビであの謎のアイドルの『X』さんを見てたらどうしても憧れちゃって! ――って、どうして泣いているんですかっ!?」
「ご、ごめん……こんなの失礼だよね。でも、なんか頑張ってきた君を勝手に想像しちゃって……」
涙が出てしまう俺の様子を見て、一ノ瀬は少し驚いた後に優しく微笑んだ。
「……貴方は、本当に優しい人なんですね。あはは、少し心配になっちゃうくらい」
そう言うと、一ノ瀬はポケットからピンク色のハンカチを取り出して俺に渡した。
「頑張ってください! そんな泣き顔だと合格できませんよ! そのハンカチはお守り代わりに差し上げます!」
「え? で、でも……」
「私はもう大丈夫ですから! ご自分の課題をこなしてください! ほらほら!」
一ノ瀬に背中を押されて、俺は自分が荷物を置いた場所に戻される。
「合格してくださいね! このご恩は、学校で絶対に返しますから!」
「……おう!」
そうだ、俺も合格しないと……!
一ノ瀬と、もっといっぱい話がしたいから。
ハンカチをポケットにしまうと俺は再びパソコンを開いて資料を床に広げる。
「ふん、もう残り3分だぞ? 馬鹿なことをしたな」
俺の様子を見ていたプロデューサーの候補生が笑う。
笑いたきゃ笑え。
ここで無駄にした時間なんて、俺にしてみれば1秒たりともなかった。
「そりゃどーも。3分もありゃ美味しいカップ麺だってできる」
軽く深呼吸をすると、俺は指をストレッチして首を鳴らした。
1年間、俺は『シャーロット』を売り出す為にずっと現場で戦ってきた。
何百人の人たちに何度もアイドルの魅力を説明してきた。
頭を下げてきた経験値が違う。
人に叱られた経験値が違う。
ここにいる誰よりも多く失敗し、成長してきた。
資料を全部読み込む時間はない。
この5人組アイドルの良さは、人を引き付ける魅力はなんなのか。
資料からでも俺なら見抜けるはずだ。
俺は全力でプレゼン資料を作成した。
「――それでは、プロデューサー候補生の方々は作業を終了させてください」
試験終了の合図と共に俺はエンターキーを弾いた。
どうやら、何とか間に合ったようだ。
――――――
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