そっと、レモングラス

 配信頻度増強後の二年間、ゆうせかの躍進は凄まじかった。

 打ち出した企画はそのほとんどが好評だったし、新たな才能を開花させる社員も続出した。

 チャンネル登録者数もうなぎ登りで増え続けた。

 小学生も女子高生もサラリーマンも、皆ゆうせかを見ていた。


 人気であることが、さらなる人気を呼ぶ。


 その中心にいながらもまるでコントロールの利かない巨大なうねり。

 そのなかで、有隣堂の業績はみるみる伸びた。

 社員たちはみな黄泉還ったように活き活きとしていた。

 その傍らで独りブッコローだけが、少しずつ、しかし確実に消耗していた……。



「おーい」

「……」

「おーい、ブッコローさーん」

「……ウン、おっけーおっけー……」

 有隣堂ルミネ横浜店、仮設された控え室のテーブルに、ブッコローは突っ伏していた。休憩の合間に覗きに来た店舗スタッフの内野美穂は、器用にクチバシをしまって眠るその姿をじっと眺めた。

「ブッコローさん、ちょっと休んだほうがいいんじゃないですか」

「……ウン、大丈夫大丈夫~……」

「こんなところでじゃなくて、ちゃんとお休みもらってって話ですよ?」

「……ウン、いけるいける……」

「……」

 軽く背中を揺すぶってみるが、ブッコローはムニャムニャと呻くばかりで目を覚まさなかった。

 どうしたものか、とその姿を見おろしていた内野は、やがて何か思いついたように手を打って、羽角の生えた耳に顔を寄せ、そっと囁いた。

「……お買い上げありがとうございまーす」

「……エッ!?」

「あ、起きた」

「僕いま……何か言ってました……?」

 跳ね起きて早々顔面蒼白のブッコローに、内野はあえての真顔で応えた。

「ドライ漬物たくあんを箱で買うって言ってましたよ」

「う、嘘だろ……?」

 カタカタと震えだすブッコロー。

 少し笑ってから、内野はその丸い体の、頬とも脇ともつかないあたりを両側からポンポンとはたいた。

「嘘でーす。でも休んだほうがいいっていうのは本当ですよ」

 とりあえずこれでも飲んでリラックスしてください、と言って、内野は小分けの紙袋をひとつ手渡した。有隣堂横浜店オリジナルブレンドのティーバックだった。

「三十円でいいですよ」

「お金取るのぉ……?」

「もちろんです。撮影じゃないですからね」

 ふふふ、と笑って、内野は持ち場へ戻っていった。

 もらったティーバックにお湯を注ぎながら、ブッコローはひとつ息をついた。

 週六の配信体制は、確かにハードスケジュールだった。新体制からおよそ二年、最近は体も慣れてきたと思っていたけれど、単に疲労に鈍くなっているだけかもしれない。

 休みはともかく、リフレッシュの方法は考えなければ……。

「……サウナでも行くかなぁ」

 カップから白い湯気が立った。

 ブレンドのレモングラスが、そっと香った。



 ブッコローが過労で倒れたのは、それからひと月後のことだった。

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