2021/11/11 『追懐』
家族が寝静まると、なんだかリビングの薄暗い部分ばかりが目につくようになる。テレビの音もどうしてか無機質で、世界に私一人になってしまったみたいに感じられる。
テーブルには一本だけ余った焼き鳥の皮。
父が言った。
「フライパンで焼くともっと美味しくなる」
父がキッチンへ串に刺された鳥の皮を持っていき、その間、私は居間で携帯電話を弄った。少し経つと、炭とタレの混ざり合う煙が香ばしい。テーブルへ父が皿を置いた。アルコールの入っていないレモンサワーの開く音が鳴った。
私はカワをあまり好かなかった。まさに鳥の皮を食っている感覚がして、何だか気味が悪かったのだ。
しかし、父の出したそれを口に入れると、全く印象が違っていた。そうして、思い出す。
「そういえばオレ、幼稚園だか小学生だかーー小さい時、焼き鳥のカワが好きだったな」
父は、そうだったか、と言った。私はテーブルの上に散らかった焼き鳥の容器を掻き分けて、もう一つ皮を口にほおる。そうすると、また思い出した。
「今日の晩御飯の西京焼き、美味しかった。オレ、いつからか、西京焼きがすごい好きでーーそう、前にショッピングモールで買ったのが忘れられなくて」
散らかったテーブルを片付けながら言った。深夜の一時を回った頃だった。白色の照明で照らされている父が、キッチンから見える。どこかとても懐かしいように思えたその寸秒の景色が、大変長く感じた。
そうして、胸の奥の奥から、何かが込み上げてきた。
このただの一瞬が、昔話が、なんとかけがえのないものなのだろうと。
こんな些細なものでさえ、私はいずれ、失ってしまう。
この空虚には、美しく、思い出の花が咲いている。咲き乱れている。世界を覆っている。だからこそ、見逃してしまう。
美しい、美しい、そう思っているのに、涙が込み上げてくる理由は、わからない。
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