借筋地獄

柳生潤兵衛

ちょっと借りるか。

『明日のコンパ、ちゃんと来るんだろうな、勇次?』

「もちろんだって。女の子が俺ばっかり気に入っても怨むなよ?」

『はっ! 言ってろ。じゃ、明日な』

「おう」


 範馬勇次は、大学時代の友人から誘われていたコンパを翌日に控えて、その友人と軽口を叩き合った。

 友人自体とも会うのが卒業以来数年振り。

 それに二十台後半に差し掛かった今、彼女がいないのも不安で、ここらで将来を考えられる女性に出会いたいと思っていた。


 友人曰く、顔も悪くないのになかなか彼女が出来ない勇次に、出会いの機会を作ってくれたそうだ。


「ふぅ。今日はここまでにしとくか……」


 勇次は日課の筋トレを早めに切り上げて翌日に備えることに。

 学生時代は体育会に所属し節制した生活を送っていた勇次は、卒業してからも細く締まった体形を維持していた。


「大胸筋あたり……もう少し欲しいな」


 入浴後に鏡を眺める勇次がボソリと呟く。



 コンパ当日。

 時間に遅れないようにと余裕を持って自宅を発った勇次は、待ち合わせ場所の繁華街の一角を目指していた。


 そこに――。

『素敵な出会いに備えて、もうひと筋肉!』

『筋肉の余裕が心の余裕。貴方の余裕を保証します!』


 大手筋融きんゆう機関のATMに設置された街頭ビジョンから、筋肉融資の宣伝が流れてくる。


 普段なら素通りするのだが、この後にコンパを控える勇次は思わず足を止め、自分の大胸筋に手を当てる。


「……少し盛っとくか」


 勇次は自動ドアをくぐり、胸板を厚くして出てきた。


 そのおかげか、コンパでは好みの女性に出会い、アピールの甲斐あって交際するに至った。


『勇次君のお話しやすい所と……胸板が厚いところかな?』


 彼女が勇次を気に入った理由をそう答えると、勇次は(筋肉、借りといて良かった)と思うのだった。


 彼女とは週末ごとにデートを重ねるようになり、勇次はその都度、借筋しゃっきんと返済を重ねた。


 借筋によって厚くなった筋肉は、返済の度に薄く小さくなっていく。


 それでも彼女との愛を繋ぎとめるために、借筋の頻度が増し、返済が追いつかないまま借筋を重ねてしまっていた。

 そしてとうとう、大手筋融機関の信用を失い筋肉が借りられなくなる。


(き、筋肉。筋肉を借りないと……)


 もはや借筋なしではいられなくなった勇次は、遂に闇筋やみきんに手をつけてしまう。

 一時それで遣り過ごせても、もはや勇次の借筋は雪だるま式に膨れ上がり、筋肉の返済のあてもなかった。


 勇次は破産した。

 仕事を失い、友人を失い、愛する彼女には愛想を尽かされ、実家に戻った勇次は見る影も無くやせ細っていた。


「ちょっとした虚栄心だったんだよ、それがこんな事になるなんて……」

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借筋地獄 柳生潤兵衛 @yagyuujunbee

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