2 取り引き


 僕、鈴谷龍と僕の幼馴染……笹木由利花。そして今僕らを岩の上から見下ろしている岩木雪絵は小学六年生のクラスメイトだ。


 由利花ちゃんと岩木さんは仲がよかった筈だ。岩木さんが大好きな様子の由利花ちゃんと、何かと絡んでくる由利花ちゃんに鬱陶しそうな態度で接しながらも満更でもなさそうだった岩木さん。

 そんな二人を僕は前の人生でも、そのまた前の人生でも見ていた。


 ……僕には前世の記憶がある。覚えている記憶を辿って考えると、今は三度目の人生。三度とも僕は「僕」として生まれ生きた。


 記憶を持っていたのは僕だけじゃない。

 由利花ちゃんにもあった。三度目のこの人生で最初は色々と忘れていた僕らだったけど、それぞれ思い出す事があった。一度目の人生でずっと由利花ちゃんに片想いしていた事とか、彼女の二度目の人生での事とか。

 僕らのほかにも記憶を持つ人が現れた。一度目の人生で由利花ちゃんの伴侶になった透君。彼は記憶だけでなく、この世界の秘密を知る人物のようにも思えた。


 願いを叶える石……『未神石』の番人が言っていた『マスター』の括りに透君そして岩木さんみたいな『知らされている者』、『プレイヤー』の括りに僕ら『知らされていない者』と分類されているのかもしれない。


 僕は今日この海へ未神石を探しに来ていた。確認したい事があって。分かった事がある。この世界には僕が認識していない別の側面がある事。



 そう……、それは今まで仲間だと思っていた人物の隠された裏の顔を垣間見てしまった感覚に似ている気がする。



 由利花ちゃんを胸に抱いてしゃがんだまま、岩木さんを無言で睨む。



「そんなに警戒しなくてもいいでしょ? ただのクラスメイトに。変なの」


「変なのは岩木さんだ。何者だよ。由利花ちゃんを眠らせて何をする気だ?」


「ちょっとした内緒話よ。由利花には聞かせられないの」


 伏せられ陰った瞳が射貫くように僕を見据えた。



「あなたには共犯になってもらう」


「……何だって?」



 いきなりの突拍子もない話に、聞き間違ったのかと思って確認する。


「岩木さん、何か悪い事したんだな?」


「これからするかもね」


 さらりと言ってのける岩木さん。冷や汗をかきそうな僕の反応を面白がっている風に、目を細めた彼女は続ける。


「鈴谷君にはこれから、由利花を好きじゃないフリをしてもらいます。よろしくね」


「は?」


 一方的な指示に眉を寄せて疑問をぶつける。


「何でそんな事しないといけないんだよ? する訳ないだろ。岩木さん……僕にそうさせたいのは何故かな?」


 怒り狂いそうなのを必死に抑えて微笑みを浮かべる。


「風向きが変わったのよ」


 その一言だけ、岩木さんの声が低くなった。自分の吐き捨てるような口調にハッとした様子で目を見開いた彼女は、すぐに元のマイペースな調子へと戻った。


「あなたにとっても悪い話じゃないのだけど。……と言っても、私と組まなかった場合のあなたたちが気の毒なだけ」


「どういう事? それじゃまるで僕と由利花ちゃんが……」


 言いかけて呑み込む。岩の上で腕を組んで立つ岩木さんの真剣な眼差しに気付いた。


「このままじゃあなたは由利花と結婚できないわよ。そういう運命の流れになりそうなの」


 岩木さんの声は暗い岩場に重く響いた。

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