未完成な運命は仮初の星で出逢う
猫都299
1 別角度から見た世界
この世には自分が思ってもみないような不思議が秘められている。
たとえば幽霊のような目に見えない存在とか、前世とか、自分の正体とか。
波音が辺りの静寂を我が物とし木霊する。暗い岩場。大きく光る月の下で突然、意識を失って倒れかけた幼馴染の女の子……由利花ちゃんを抱き留めてしゃがんだ。
「……っ? 由利花ちゃんっ?」
クセ毛を気にしていつもお下げにしている彼女。閉じられた目。長い睫毛。向日葵の絵柄がプリントされた白いTシャツに緑色のハーフパンツ。それらから伸びた四肢も色白だったが健康的に焼けていた。
彼女の顔に自分の耳を近付けて息をしているのか確認した。規則正しい呼吸。呼びかけていると小さく「んー」と呻って体を捩った。あり得ないと思いながらも呟いた。
「もしかして、眠ってる……?」
いきなり彼女が眠りに落ちた不可解な現象に眉をひそめる。
ざりっ。
足音に顔を上げると岩場の奥、山の上へと続く階段の一番下の段を下りたところだった『あいつ』と目が合った。
「…………岩木さん……」
「うふふ」
クラスメイトで由利花ちゃんの友人、岩木雪絵。肩までの滑らかな黒髪、整った顔立ち。白いTシャツにデニム生地のジャンパースカート姿。いつもの青いヘアバンド。
岩木さんはニコニコと愉快そうに細めていた目を開いた。大きめの瞳が妖しい光を映す。
「まさか、由利花ちゃんに何かしたの……アンタ?」
睨み付けるけど相手は気にする素振りもない。ひょいひょいと岩を渡って来る。二、三メートル先にある岩の上に立ち僕たちを見下ろしてきた。今まで見た事がないくらい冷たい目を向けられ背筋がゾッとする。
「うふふ。こんな所でまたいちゃついてたのね? いけない子たち。先生に叱られるだけじゃ済まなくなるわよ」
岩木さんが言うように、ここへは内緒で来た。いちゃつく為ではなく探し物をしに。
今は修学旅行中の僕たち。自由時間だったけど、山の上にある宿泊施設の外へは出ないようにと先生に言い含められていた。それにも拘らず抜け出し、一人でこの海辺へと下りた。
由利花ちゃんが僕の後を追って来た事は誤算だったけど、結果的にはよかったのかもしれないと思っていた。彼女の気持ちを聞けたし、十八歳になったら結婚する約束もした。
……だけど今はすごく後悔していた。
僕の腕の中で眠っている様子の由利花ちゃんを見る。危ない事に巻き込んでしまった。
「話が終わる頃には目を覚ますでしょ」
大した事ないから大丈夫よと言わんばかりの態度を取る岩木さんに、ふつふつと頭に血が上るのを感じる。
「岩木さんって由利花ちゃんの友達だよね? ……前の人生でも、その前も」
「んー?」
人差し指を右頬に当て、考える仕草をしていた岩木さんは思考の読めない顔で目を細めた。
「そう見えた?」
……本当は由利花ちゃんの事を大切に思っている仲間の一人と感じていたのに。
鋭く睨み付け、強がって右の口角を上げた。
「記憶、あるんだね。岩木さんはどこまで知ってるの? ……お前が『マスター』なんだろ?」
「うっふふ。鈴谷君、顔こわーい」
茶化すように笑っている岩木さん。よく分からない彼女に薄らと恐怖が込み上げる。
『マスター』とはさっき遭遇した『願いを叶える石』……『未神石(みこうせき)』の番人が口にしていた言葉。その番人が説明中に言っていた『プレイヤー』が僕たち『制限されている者』を指す言葉だとすると『マスター』は『制限されていない者』ではないかと考えた。
一度目の人生で由利花ちゃんの夫だった透君がそうじゃないかと思い至った。まさかこんな近くにもう一人……曲者が潜んでいたなんてな。
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