3 ミサンガ


「私たちの人生に外部から手を加えようとしてる存在があって。自然な流れを捻じ曲げて運命をその存在の望むストーリーにしようとしてる」


 岩木さんは目を伏せ深刻そうな表情で話し出した。


「えっと……そういうのって僕が聞いても大丈夫なの? 『規約違反』にならない?」


 心配になって思わず尋ねた。岩木さんが現れる前まで気配のあった未神石の番人から、この世界には『プレイヤー』に知らされていない秘密があってそれを教えるのは『規約違反』になる恐れがあるという話を聞いていた。


「フフ、理解が早くて助かるわ。結論から言うとあなたは私と手を組む筈だから問題ない。手を組まなかったら……何となく分かるんじゃない?」


 ニヤリと口角を上げる岩木さん。察した。彼女は……きっと手を下す側の人だ。

 緊張でさっきから背中に冷たい汗が流れ落ちている感覚がある。


 ここはきっと僕の…………僕と由利花ちゃんの運命の分岐点だ。選ぶ道を間違ってはいけない。


 問いかけに答えない僕にフフンと笑って見せた岩木さんは風が吹いてくる方向へ顔を向けた。僕から見て右方向。揺れる髪を右手で押さえ睨むように目を細めている。


「私たち『マスター』は『プレイヤー』に紛れてこの空間での生を生きてる。知らされていない『プレイヤー』に『外』の事を教えるのは本来『規約違反』になる。そういった違反を取り締まるのが私の役目。忘れさせたり、眠らせて夢だと思わせたり、上司に報告したり。よくどこかのポンコツ『マスター』がお気に入りの子に秘密を漏らしてて処理にいつも頭を悩まされてるわ」


「その話、本当に僕が聞いても大丈夫なのか?」


 確認すると岩木さんはおかしそうにうっふっふと笑った。


「大丈夫な訳ないでしょう? さっき問題ないと言ったのはほかの『マスター』にバレなかった場合。言うの忘れてたわ。私はそういう違反を取り締まる側だから特にイケナイ事なのよね。だから悪いけど一蓮托生よ。由利花を助けたかったら彼女の愛を信じて。私は分かるの。あなたたちの絆に賭けるしかないのよ! でないと……、私も由利花もあなたも――も……不幸になる」


「どういう事?」


 まだよく話の全貌が読めない。険しい顔で岩木さんに詳しい説明を促す。


「フフ……」


 どこか力なく微笑んでこちらを向いた岩木さん。


「さっき外部から私たちの人生に干渉しようとしてる存在の話をしたでしょ? それ、私の上司なの。『マスター』統括機関の長の一人。由利花は目を付けられてる。実は上司の縁者が私たちの近くにいて。……これは『マスター』間でも知らされてなかった極秘事項。その子がずっと由利花を好きだったんだけど前の人生もその前の人生も別の子とくっついたのよね。それで今回は由利花とくっつくようにしてほしいっていう圧力があったの。これも立派な規約違反なんだけど、私も今まで大目に見てもらってた事があるから断りづらくて。でも友達の人生だし一応精一杯反抗はしたの。由利花はあなたの事が好きだから別の子とくっつけても不幸になるだけだってね。由利花もその子も。それで由利花とあなたの愛が本物か試す事になったの。さっき十八歳になったら結婚とかいう話をしてたわよね? 由利花への好意がないフリをしてもその約束を果たせたら手を引いてくれるらしいわ」


 岩木さんの長い話に黙って耳を傾けていた。一言も聞き漏らさないように。

 心音がうるさい。やっと両想いになれたと思っていたのに。


「だから……僕たちの『愛』を試す為に僕に由利花ちゃんを好きじゃないフリしろって言ったのか」


「そうよ」


「はは……嘘だろ?」


「嘘じゃないのは分かってるんじゃないの? さぁ、さっさと決めて」


「……手を組んで好きじゃないフリをしたって、由利花ちゃんにすぐバレる」


「そうね。あなたの由利花へ向ける視線だけでも暑苦しくて厄介なのよ。だからこれ」


 岩をひょいと下りた岩木さん。僕の前まで来て右手を突き出してきた。


「何?」


 胡散臭く感じながらも受け取ったそれは青とオレンジ色の細い紐が編み込んである……。


「『願いを叶えるミサンガ』よ」


 岩木さんの説明に目を瞠る。もしかして未神石のような不思議アイテム?

 驚いたのも束の間。ハッと思い出してすぐに岩木さんを睨んだ。


「まさか願いを叶える代わりに寿命が短くなる的な?」


「まさか! これはそんな条件ないわよ」


 岩木さんの返答にホッとする。未神石には願いを叶えてもらう代わりに次の人生での寿命が短くなる条件があったからこれもそうじゃないかと考え至ったのだ。


「このミサンガは願いを叶える補助をしてくれるの。今回はあなたが由利花を好き過ぎて感情ダダ漏れですぐにバレてしまう可能性が高いから感情の溢れた過多な部分を悟られにくくする作用を付けておいたわ。ちょっと腕に付けてみて」


 言われて左手首に結んでみる。よく見るとミサンガの真ん中辺りに小さな石の飾りが揺れている。石の色はくすんだ赤。僕が結び終わった後で岩木さんが微笑して言った。


「願いが叶う前に外したら二度とその願いは叶わなくなるから気を付けてね」


 後出しじゃんけん的な罠にまんまとはまってしまった。こんな子供騙しな手に引っかかるなんて。右手で頭痛のしそうな額を押さえて激しく後悔する。確認しないといけない事がある。


「二度と? 二度と叶わなくなるの?」


「もちろん。次の人生でもね」


 岩木さんは悪戯が成功して満足げな悪ガキのようにニヤリと笑った。しかもそれだけでは飽き足らず僕にもう一撃浴びせてきた。


「じゃあ、頑張って願いを叶えてね」


 『願いを叶えるミサンガ』って、願いを叶えてくれるんじゃなくて自分で叶えるって事だったのか。

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