近所あの人が、急にジムに通い始めた
神凪
なんでジムに?
「勉強がんばってるらしいじゃん。偉い偉い」
「別に」
「もっと賢くなれるようにお姉ちゃんが教えてやろう」
昔からそうやって面倒を見ようとしてくれる人だった。素直には言えなかったけど俺はあの人のことが好きだったのだろう。
何度も助けてもらったけど何度も「お姉ちゃんはできるからね」とさも当然のことのように言って、俺に干渉してくる理由を教えてはくれなかった。ただ近所の子の面倒を見るにしてはあまりにも優しすぎる。
中学生にもなれば好きな人のことをもっと知りたくもなるもので。いつもあの人のことを考えていた。
「のわぁっ! キミ!?」
「あ」
「おっきくなったねー。お姉ちゃんだよ、覚えてる?」
「いやつい一月前会ってるし」
「そかそか」と笑うお姉さん。この人が出てきたのは……ジム?
でもお姉さんは別にそんなに太ってるわけでもない。スリムでめちゃくちゃ美人だと思う。本人には絶対に言わないけど。
「なんでジム……」
「聞いちゃうかぁ……」
「いやまあ、気になるし」
「そりゃあ、あれだろ。わたしも彼氏とか欲しいからね! なんか、こう、あれだよ! ジムでムキムキの男の子とか捕まえられたらねっ! いや苦しいかこれは……」
「なるほど?」
「なるほど!?」
なるほど、ムキムキが好き、と。ふむふむ、なるほど。
「うわぁ……キミ、なんか変なこと考えてない?」
「別に」
「お姉ちゃんわかっちゃうんだなー、お姉ちゃんのためにムキムキになろうとしてるでしょ」
「っ!?」
「あれ」
詮索されるのは嫌なので逃げることにした。ともあれ、どこぞのイケメン細マッチョに取られる前に俺がムキムキにならなければ。
そこから行動に移すまでは早かった。まずは軽くダンベルなんかの準備しやすいものを準備して。それから数カ月してなにやら筋トレにハマり始めた息子のために、母がジムに入会してくれた。
そうして三年後――高校生になった。
「よーう! 高校生おめでとう! なんかすっごいでっかくなったね。腕とか足とか」
「……なったなぁ」
「なんかいきなり筋トレ始めたよね。どした?」
俺は本来の目的も忘れて筋トレにハマり散らかして、細マッチョをゆうに通り越してしまった。
「頼もしいね。一生お姉ちゃんのこと守ってもいいんだよ」
「……言ったぞ?」
「へっ?」
「一生守ってもいいんだな?」
そうやって冗談ばかり言ってると駄目だぞと教えてやらないといけない。今まではいろいろ教えて貰ってばかりだったかもしれないけど。よく考えたらジムのときの話だって、なんか嘘っぽかったし。
「……別に、いいけど? むしろ、守れよー……その、彼氏として?」
「……えっ」
「えっ、じゃ、ないだよ、この! キミが筋トレ始めたのわたしのためなのくらい、お姉ちゃんにはわかるんだ、ぞ! あーもー調子狂うなーこういうの苦手なんだよーもー……」
そんな返答は予想もしていなかった。またいつもみたいに適当にあしらわれるのかと思っていた。
「……で、どうなのさ。ムキムキになっちゃってさ」
「当たり前だ。絶対守る」
「……ふふーん、高校生になったばかりでどこまでお姉ちゃんを守れるかなぁ? まだまだお姉ちゃんに教えてもらうこといっぱいあるけどなぁ?」
そんなふうに笑う彼女は、いつもより少しだけ顔が赤かった。
そういえば。
「結局なんであんときジムに?」
「うっ……実はあのときはシンプルにダイエットで……ほら、高校のときのお姉ちゃんってめっちゃ食べてたでしょ? あ、キミが中学んときね」
「うーん……あんときもめちゃくちゃかわいかったけどなぁ……」
「のわぁっ!? お姉ちゃんはそういう文句を教えたことはないよ!?」
いつも何を思っているのかよくわからない人だが、少しだけわかりやすくなった気がする。
近所あの人が、急にジムに通い始めた 神凪 @Hohoemi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます