第9話
「ノース!」
「舛花〜!!久しぶりだね!」
「どうしたの?旅行??」
「うん。鶸街暑過ぎて、涼みにきた。」
鶸街は年中夏。今はちょうど暑さのピークらしい。結構寒いのに薄着のノースにらしさを感じてしまった。
「縹さんには会えた?」
「うん。さっきまで話してたよ。舛花に会いに来た。」
その言葉が嬉しい。2人で小さな喫茶店に入ってお茶をした。私はその時衝撃的なことを聞くことになった。
「舛花はこっちに来てどのくらい経った?」
「んー半年くらいかな?」
「そっか。こっちの暮らしにはだいぶ慣れたみたいだね。」
ノースは窓から見える雪景色を手帳に書き写している。そんな横顔を私は見ていた。何故かいつもより悲しげ。
「ノース何かあった?」
その質問に彼は首を縦にも横にも振らなかった。その代わりに別の話題を口にした。
「この世界に来た人たちの共通点。莉玖に聞いた?」
「うん。みんな現世で亡くなった人だよね。」
「亡くなった人が全員来るわけじゃないんだ。もう一つ。この世界に来る為の条件がある。」
頭の中で考えたが生前の記憶の抜けが激しい私には思いつかなかった。するとノースはこちらを見て私の手を握った。
「いつか言わなきゃ。莉玖はいつもそう考えていたみたい。でも勇気がなかった。」
ノースの口から出た言葉をすぐには信じられなかった。彼と別れて家に帰るまでの記憶もない。信じられない。信じたくない。どちらかはわからない。ただ嘘を言っているわけでもないようだ。
「現世で自ら命を絶つとこの世界に来るんだ。」
つまり、なんて考えたくなかった。
部屋に篭って何も考えられず縹さんの顔も見れない。毛布に包まり目を閉じていると扉を叩く音が聞こえる。
「舛花。入るぞ。」
ベッドが沈む。
しばらくの沈黙が終わり、縹さんが口を開いた。
「ノースに聞いたんだな。」
その声は優しく、涙が込み上げてくる。
「この世界で産まれたもの以外はみんな現世で命を絶っている。舛花もノースも俺もみんな。大きな事実なのに言うのが遅れてしまって本当にすまない。
…俺の話をしようか。」
相変わらず優しい声で縹さんは続けた。
伊原 莉玖。18歳。高校3年生。俺には大切な3つ年が離れた女の子がいた。彼女はいつも笑顔で泣きそうな顔だった。
「莉玖くん!莉玖くんと同じ高校に受かった!それから寮に入ることになった!」
「よかった〜。お母さん反対しなかった?」
「うん。髪の毛も伸ばすんだ〜。」
本当に大切でいつかこの気持ちを伝えようと決めていた。絶対に守る。絶対に。そう決めていた。高校に入学をしてからも彼女の表情が変わることは無かった。
「大学生になればきっと大丈夫だよね。」
「莉玖くんと同じ大学志望に書いてるよ。」
「私、大変だけど大丈夫だからね。莉玖くんは受験勉強頑張って。あと少し!」
雪が降る公園で彼女と話したのが最後だった。学校で彼女の訃報を聞いた。記憶があるのは彼女の母が別の名前で彼女を呼んでいたこと。薄汚れた愛を彼女に永遠に語り続けていたこと。何もかもが嫌になってしまった。
それでも受験に向けて勉強をしていたのは彼女の弾むような声がいつも聞こえるような気がしたからだ。大学生になっても毎日が上の空だった。スポーツや武道を一通りしていたのは体を動かしていれば何も考えなくてすんだから。
突然糸が切れたのは彼女の家族と会った時だ。
「あの子がいなくなってもう一年経つのね。」
「あぁ。あっという間だ。」
「天国で幸せにしているといいね。」
綺麗な格好をした両親に可愛らしい服装をした妹。薄っぺらい言葉に吐き気がした。彼女がいなくなって世界が一変したのは俺しかいない。そうだ。俺だけでいいんだ。
車を運転してそのまま海へ入った。
そしてこの世界に来て、世界のことを知って彼女がいると思い探していた。
「見つかったようで見つかってないんだ。俺はすぐに彼女を見つけられるようにこの世界で勉強をして警護の仕事をしている。
隠していてすまなかった。君を舛花を傷つけてしまうとわかっていた。」
縹さんの顔を見てまた涙が出てきた。
理由は2つ。その生い立ち、そして彼が想う人がいる。けれど悲しさより彼を守りたいという気持ちが勝った。
「縹さん。私は縹さんに出会えたことに本当に感謝しています。毎日が幸せで、辛い。悲しい。そう思った日は今日を含めてありません。」
手を握ってそう言うと彼は涙を流した。
「そうか。よかった。舛花がそう思ってくれるだけで俺は救われるよ。」
「縹さんは意外と涙脆いんですね。」
うるさい。笑う彼は綺麗だった。
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