第3話
「貴方を愛しているわ。」
暖かくない。なぜだろう。
ふわふわとした記憶のようなもの。
目が覚めると涙が流れていた。
服は着ていた1着しかない為同じものを着て、髪の毛だけ手で整える。そして部屋を出て階段を降りると縹さんがコーヒーを飲んでいた。
「おはようございます。」
「起きたか。簡単だが朝飯だ。食べておけ。」
「ありがとうございます。」
「食べ終わったら出かけるぞ。」
縹さんは昨日とは打って変わって和服を着ていた。顔が整っているから何を着ても似合う。美しいという言葉が似合う容姿だ。
改めて自身のボロボロのワイシャツにスラックスの姿が恥ずかしくなる。
街は昨日と同じように沢山の人で溢れている。建物と建物の間から見える景色も綺麗で、キョロキョロと周りを見てしまう。
「自分のこと何も思い出せないのか?」
「はい。ただ…」
言葉に詰まる。不思議そうにこちらを見る縹さん。なんて言えばいいかわからない。というのが正しい。
「この長い髪の毛に違和感というか、切らなきゃいけないとずっと思ってしまうんです。」
歩きながら自身の髪の毛を触る。縹さんの様な短い髪の毛の方が自分に合っていると思ってしまう。
縹さんの長い指が髪の毛を触った。その行為にも驚いたが淡い光を放って髪の毛がみるみるなくなっていくのに言葉が出ないほど驚いてしまった。
「どうだ。」
「首が、涼しくなりました。」
そう言うと彼は笑った。可笑しい奴だと。その笑顔に既視感がある。何故だろうか。
少しすると洋服店についた。縹さんが扉を開けると嬉しそうにこちらに走ってくる子がいた。ういだった。
「お姉ちゃんおはよ!あれ!髪の毛どうしたの?!」
「縹さんが…なんと言うんですか?消した?」
「長いのが嫌だというから術をかけた。」
「勿体無い!僕長いのとっても似合ってると思ってたのに。」
「凄く違和感があったの。どうしてだろうね。」
お店の奥から優しそうな女性が出てきた。ういがお母さんと呼んでいたのでここはういが住む家なのだろう。
「あら、縹様が女性を連れてくるなんて初めてですね。」
「こいつの服を買いに来た。適当に用意してくれ。」
「はいはい。初めまして、ういの母親の茉莉と申します。」
「初めまして。縹さん、私お金ないです。」
「気にするな。俺が出す。茉莉、槻木さんはいるか?」
「ええ、今日は店の裏にいますよ。」
縹さんはどこかへいってしまった。茉莉さんはこちらを見ると笑みを浮かべて手を握ってくれた。ういと同じ温かい手だ。こちらへと試着室へ案内される。次々と服を着て、着るたびに茉莉さんとういが褒めてくれる。どれも女性らしい可愛い服でこれもまた違和感しかなかった。
1時間ほどで縹さんは戻ってきて大きな紙袋を持ってくれた。そして店を後にした。
「座れ。」
ベンチに腰をかけると目の前に彼がしゃがんだ。そしてそのままボロボロの革靴を脱がされる。抵抗しようとしたが力が強くその抵抗は無駄だった。
「サイズが合っていない。見ろ。血が出ている。」
そして軽く包帯を巻いて手当てをしてくれる。それから黒いブーツを履かせてもらった。
「歩きやすいだろ。茉莉の旦那が作った特注品だ。」
立ち上がって少し歩くと驚いた。高めのヒールで歩きにくいかと思ったが魔法がかかった様に軽く飛べそうなほどだ。嬉しくなり縹さんにお礼を言うと彼はまた笑った。
服は茉莉さんが選んでくれた黒いワンピース。違和感があったがブーツに合うのが嬉しい。
「ここはどういう場所なんですか?」
「死者の街。というのが正しい。」
「では私も死んだ者ということですか?」
「そうなるな。お前も俺も茉莉もみんなだ。この世界で暮らして、この世界で生活している。普通なら生まれ変わるが後悔があるものがここに残り、生を全うする。」
それはみんな幸せなのだろうか。
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