第3話 エビのダンス

 路上で向かい合う二人のマスクマン(一名女子)、一方はハンギョドン、もう一方はかまめしどん。異色のコラボにもかかわらず、二人は緊張感の漂う雰囲気を醸し出していた。

「栗洋館さんの素顔がハンギョドンだったら、ですか?」

「そうです。ミズノさんは半魚人に対してどのような見解をお持ちでしょうか。」

「異議ありです。初めて会った時、栗洋館さんは意図せず意識を失って倒れました。その際、僕は意図せずあなたのそのマスクの下の顔を現認している。だからその質問はそもそも成立していない。あなたの素顔はハンギョドンではないのだから」

「裁判長、今の発言はこの裁判に対する論点をズラすためのものであり、何の意味も持ちません。記録からの削除と、再度答弁をするよう要求します」

 こほんと咳払いをし、少し低い声を用意して「よろしい、弁護人の要求を認めます」と言ってから僕は再び元の声に戻して会話を続ける。

「僕の半魚人に対する見解を端的に述べます。今まで考えたこともない、です」

「なるほど、分かりました。つまり今時点において半魚人に対しては可もなく不可もないといった立場でおられると」

「概ねその通りです」

 栗洋館さんが自分の顔に手を伸ばし、鼻の下あたりをポリポリかきはじめた。ハンギョドンのマスク越しに顔をかく、という、いったいその行為によって何が満たされるのか、俺には皆目見当もつかないが、突っ込んでは負けな気がして何も触れない。触れたい。

「では、端的に質問します。ミズノさんはどのような容姿の女性がタイプなのでしょうか?」

「いきなり直球ですね。裁判長、話題が急に変わって動揺しています。自分はこの質問に答える意義があるのでしょうか。」

 こほんと咳払いをし、さっきまでと何ら変わらない声で栗洋館さんが「被告人は先の質問に答えない権利を持ち合わせておりません。故に侘助」

「わび??何ですか?」

「いいえ、被告人は早く質問に答えるように」

「今はどっちですか?」裁判長?栗洋館さん?」

「栗洋館裁判長です!」

「・・・失敬。僕は女性の容姿に関してはオールラウンダーです。なんでもござれデス」

「・・・ウソ」

「ウソではありません。というかそもそも僕自身恋愛経験が少なく、明確な容姿に対するフェティシズムはない、また容姿によって女性を選別できるような優位な対場にいるとは考えておりません」

 僕の答えを聞いた栗洋館さんは、思い悩むように上を向き空を仰いだ。とはいえ、ハンギョドンのマスクを被っているのでその視線が実際にはどこを向いているのかは定かではない。ただマスク上のハンギョドンの視線は確かに空を向いていた。なかなかに哀愁のある面持ちだった。

「聖書って、正しい」

「いいえ」

「男性って、ヤコブのようだわ」

「いいえ!」

「旧約聖書、出エジプト記第20章16節に記されてあります。『あなたは隣人について、偽証してはならない』と」

「僕はウソなんてッ」

 空を向いていたハンギョドンがやれやれ、といった様子で両手を広げて首を軽く横に振り困った風な素振りを見せる。少しだけ、頭の上でひらひらしているトサカ?ヒレ?に腹が立った。真っ直ぐ見つめてくる黒目が人を小バカにしているように思えて仕方がない。

 おもむろにハンギョドンがスッと人差し指を伸ばし、僕の顔、いやかまめしどんの顔の前に立てた。僕の、いやかまめしどんの言葉を遮るように。

「じゃあ、あなたは目玉が三つで鼻が無いような女性でも受け入れるとおっしゃるのですか?」

「・・・何ですか、そのクリリンと天津飯がフュージョンして性転換したような存在は」

「確かにミズノさんは、無遠慮にも私の顔を見てしまっていますね。でもそれは本当に私のすべてなのでしょうか?」

「と言いますと?」

「ミズノさんが見たのは私の横顔だけではないでしょうか」

「あ」

 その通りだ。あの日、意識を失った栗洋館さんのマスクを外した僕が見たのはあくまで横顔だけだ。横顔を確認した後、栗洋館さんは高速で立ち去ったから正面からじっくりこの女性の顔を見たとは言い切れない。

「でもあの日見たあなたの横顔は、その、美しかった」

「・・・ごちそうさまです。これ以上の問答は無駄のようですね」

 ハンギョドンが意を決したように言葉をポツリと絞り出す。いったい何が気にかかっているのだろうか。ここまでの会話で栗洋館さんは自分の容姿に何らかのコンプレックスに近いものを感じているのは間違いない。それでも、横顔だけだったとしても、どう考えてもそれほど引け目を感じるような顔ではない。それ以上に、コンプレックスを隠すためとはいえ、ハンギョドンのマスクを被ってしまおう!と考える君の大胆なお茶目さが僕はとても気に入っているんだけどな。今の僕にはそんなこと直接言える勇気はないのだけれど。

「ミズノさんの優しさ、嬉しかったです。さよなら」

 そう言って栗洋館さんはハンギョドンのマスクを脱ぎ去った。僕の目の前には、ありのままの素顔が現れた。

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