腹筋

あぷちろ

女騎士適正A+

 やばいやばいやばい! 迸る情動を感じて彼女のいる部室を飛び出したのだ。

 部室棟横、誰もがいない余ったスペースで私は火照る自分の頬に手のひらを当ててその熱を感じとる。その手を下へとずらし、胸元に触れる。スポーツジャージの上からでもわかるくらい、ばくばく、ばくばくと心臓が跳ねる音がする。

 今迄こんなことはなかったのに、と私は自問した。

 見慣れた部室で、見慣れた同級生の、それもまた良くつるんで行動する親友と言って差し支えない彼女の――。

 かぁ、っと耳元が暑くなる。

 ――彼女の、滑らかな腹部に私はこんなにも心を弄ばれていた。

 薄くも腹筋の筋が陰影として映り、あばら骨の下から細くともしっかりとした肉付きを感じる。

 白く滑らかな肌質は上質なシルクを連想させ、漆喰のようなしっとりとして、手のひらに吸い付くような感触であろうことは想像に難くない。

 瞼の裏に焼き付いた光景を脳裏で反芻し続ける。

 優美な曲線を描き、美麗に存在する彼女の腹筋。嗚呼、この世の芸術とはこんな間近に存在したのだ。

 今の私の表情は見るからに蕩けて可笑しな事になっているだろう。これからどんな顔をして彼女と話せばよいのだろう。

 一度、二度と深呼吸をして煮えたぎった脳に新鮮な酸素を送り込む。昂っていた気持ちが幾ばくか落ち着くと今の今まで考えていた言葉が自らの口からまろびでていた事に気づき、赤面が深くなる。

 ふと気づいて部室棟を見上げると、同期のうちの何某が奇人を見る目つきで私を見下している。

 数瞬、時間が止まる。

 私は吃音じみた言葉を三言ほど口から漏らし、羞恥に耐えかねて今度は下に顔を伏せた。

 明日から私のあだ名は”腹筋フェチ欲望駄々洩れ女”に決定することだろう。もしかしたら、”腹筋フェチ赤面ムッツリスケベ女”かもしれないが。

 そうこうしていると、やたらに切羽詰まった表情をして件の友人が私と同期何某野郎のいる空間へと足を踏み込む。

 声をかけられた私は、涙目で赤面している。上空からは意地汚く、悪魔じみた笑い声が響いている。

 私は心の底からこう叫ぶのだ。

 くっ、ころせ!



 終

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腹筋 あぷちろ @aputiro

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