グランベルドと少年
酒場。そこは酒を飲む場所であり、あるいは人生と人生が交わる場所にもなる場所。
今日はまだ早い時間帯なのか、人はまばらだが、賑わってくればかなりの喧騒に包まれる。
内部は小ぎれいで、しっかりと店の主人が掃除しているのが伺える。
木でできた机と椅子。二階は簡易な宿泊施設になっているようだ。
そんな酒場で、現在目立っているのは……とある、執事姿の男。
その男、見た目二十代前半で、黒メガネと綺麗な短めの緑髪。特筆すべきは、場に似合わない執事服だろうか。
そんな彼は一人、店で出される、冷気を操る魔道具でキンッキンに冷やされたエールの入った木製ジョッキを傾けつつ、店内を見ている。
この青年、名をグランベルドという彼がなぜ、こんな早い時間から酒を飲んでいるかというと……単純に、暇なのだ。
主人である闇医者からは、「お前は働き過ぎだ」と言われ、幾ばくかのボーナスと共に、一日の休みをもらった……のだが。
案外、仕事以外に趣味もないグランベルドにとって、休日は女を漁ったり、娼館に行くか、こうしてこの酒場で酒を飲み、ガーリックパスタを食べるくらいしかやることが無かったのだ。
「案外、俺も暇な男だったなぁ……こんなんだったら、趣味の一つでも見つけたほうがいいのかねぇ」
木製ジョッキを置き、パスタを最新式のフォークで絡めて、口に運ぶ。
簡単なパスタだが、味が濃くとても美味しい。エールによく合う。
しかし、一日中こうしているのはさすがに出来ない。何か、別の暇つぶし探さなきゃなぁ……なんて考えていると。
不意に、酒場のドアが開かれ、そこから少年が入ってくる。服装……というか、装備からして冒険者の様だ。
表情は暗く、何かを考考え込んでいるような。そんな様子。
そのまま、その少年冒険者は近い椅子に座ると、何も言わないまま。黙ってうつむいてしまう。
「あぁ? なんだ、あのガキ……」
グランベルドはそう呟き、パスタを食べきると。そのまま、エールの残ったジョッキを持ち、少年の座る席へ向かう。
「おい、ガキ。酒場に来たら、酒頼むのがマナーだろぉ?」
そう声をかけられた少年は、驚き、目を開くも、すぐにとげとげしい雰囲気になり。
「何だよおっさん」
「だから、酒場に来たら、酒を頼めってんだ」
そう言いながら、酒場の主人に対し。
「おい、このガキにもエール一杯」
「おい、何勝手に!」
「なんだ、エールも飲めねぇのか? ミルクの方が良かったかい?」
「んだとぉ?」
「とにかく、そんな辛気くせぇ顔されちゃ、こっちの飲んでる美味い酒も吐き出すくらいマズくなるんだよ」
「だから何だよ」
「だからお前も、酒を忘れるくらいかっ喰らって、酔っ払って吐き出せってんだ」
「テメェ……っ」
そう、口論から暴力沙汰に発展しそうな雰囲気の中に、主人がドン! とエールを置く。
「はい、エール一杯……グランベルド」
そして、やれやれと言った様子で。
「お前も素直に、『そんな辛気臭い顔しないで、酒飲ませてやるから吐き出してみな』くらい言えねぇののか」
◆
そんな仲裁もあり、二人は椅子に座り、グランベルドのおごりでパスタとエールが用意された。
「いいのかよ。酒に飯まで……」
「良いんだよ。金なんて女に使うくらいしか使い道ねぇしな」
そして、少年はガーリックパスタを食べつつ、エールジョッキを傾け。
グランベルドもまた、ジョッキを傾ける、無言の時間ができる。
「……なあ、おっさん」
「あぁ?」
「そっちから吹っ掛けといて、何も言わねぇのか?」
「聞いてほしいか?」
「……」
「こっちから聞くより、テメェのタイミングでいい。吐き出してみな」
そして、ぽつ、ぽつと。少年冒険者は語った。暗い表情の真意を。
「あれは、未だ二日前のことだよ。俺、小鬼の討伐のために、その巣穴に潜り込んだんだ」
「へぇ、いかにも駆け出しのやることだな」
「俺は、近隣の村から宝物を取られたって聞いたから。金銀とか。そう言うのが溜まってるって思ってた。だけど……」
そして、言いづらそうに、言いにくそうに。少年は言葉をつむぐ。
その巣穴で見た、近隣の村の「宝」のたどっていた運命を。
「お、俺より。まだチビな奴らの、ほ。ほねとか。あってさ……助けられなかったんだ。俺も、俺のパーティも……」
「……」
「別に、かっこつけたいために、この職になったわけじゃ、ないけどよ……俺は、間に合わなかったんだよ……そ、れで。あ、あの、遺骨たちが、頭から、は、離れなくて……」
気が付けば、少年は涙を流していた。その様子を眺め。グランベルドはふっと口角を上げ。
ぽん、と頭に手を置いた。
「っあ?」
「お前、良い冒険者になれるぜ。それか、早死にするか……」
「何を……っ」
「弱い立場の死なんて、この世界にゃごまんと転がってる……でもよ、だからそれに気付けるのって。あんまりいないんだぜ」
「……」
「俺の主人は、凄腕の医者なんだが……あの方が言うには。人の死を感じれる冒険者は。早死にするか、名を挙げるかの二つに一つ。だそうだ」
「人の死を、感じれる……」
「ガキ。テメェは、そのチビたちの死に。飲まれかけてる。そういうときのために、酒と女はあるんだぜ? 酒は、そういう思いを吐き出すため。女は……そういう、心の重石を共に抱くために」
「……」
「おまえさん、彼女か、お気に入りの女もいねぇのか?」
「んな……っ……い、いる……さ……」
「なら、今吐くほど飲んだ後は。その女でも抱いて、愛を囁いてみな……そうやって、そのチビどもが歩めなかった、人生を楽しめ」
「人生を……たのしむ……」
「ああ、そうさ。そのチビどもを忘れずに、楽しむ……難しいぜ? だかな。そうしねぇとお前さんも死ぬ。そんなの、やってられねぇだろ」
「……あぁ。そう、だな……」
「ま、ただの他人のお節介な小言だ。今お前の飲んでる、エールよりも役に立たねぇが……ま。飲めや」
「……ああ。アンタ、口調に合わず、良いやつだな」
「ばーか。良いやつなわけねぇだろ?」
「わかってるよ。言っただけだ」
そのまま、少年がふらっふらになるまで飲ませて……
グランベルドは、その少年がふらつきながら店を出るのを、見送ったんだとか。
グランベルド(自主企画:同じ場所を舞台にした物語) バルバルさん @balbalsan
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