第2話 暴食せしゼブ

 ハルを抱き寄せ咄嗟にカウンターへと飛び込んだ上をひしゃげた扉が通りすぎ、すぐ後ろの壁へと激突する。深呼吸で緊張を吐き出しつつ脳内で強化外装エグゼアルスを呼び出した。

 瞬きひとつの間に頭から足先までの全身へと転送されるのは、生命維持装置と戦闘装備を高密度炭素複合材とナノマシンで覆ったタイトな白銀のアーマー。五感に直結されたセンサーが、爆発で空いた入り口に立つ六人と奪取される端末を感知する。


「人の休日を邪魔しやがってクソ野郎どもが!」


 毒づく間もなく吹きつける弾丸とレーザーの暴風に偏向エネルギーシールドの出力を上げる。あたしに続いてハルがまとった薄金色の女神型強化外装は上等だが戦闘向きじゃない。それでも手にした護身用の小銃PDWで応戦を始める。


「なんでグーラがうちの店に!?」

「知るかよ! それよりその下手クソな豆鉄砲をさっさとしまえ! 一人やるまえに死ぬぞ!」


 ハルの射撃は盗賊どもにかすりもせず店に散らばるばかり。

 あたしは腰から生えた白銀の九尾──人工筋肉製多目的マニピュレータ『ナインテイルズ』の一本で銃を奪うと、網のように伸ばした残りの八本でハルを背中に括って包む。自由自在な伸縮性と強靭な耐久性を持ち併せるこいつなら、シールドを抜けた攻撃の盾にもなる。使なら背負っておいた方がよっぽどマシだ。


「それならジャンクが本当のジャンクになる前に早くどうにかしてよ!」


 なら爆発物を使うわけにはいかない。攻撃の合間を縫って銃を撃ち返すが、多人数に入り口を陣取られところ狭しと商品が並ぶ店内はそこそこのかせだ。逃げるだけならどうにかなるが、向こうが諦める頃にはここはハチの巣だろう。


 らちが明かないとヤツらも考えたようで、逃げ回るうちに銃声は止んだ。柱の陰から覗くと、煙の向こうに一際デカい異形が見えた。

 古い時代のガスマスクを思わせる赤いレンズの頭部に、脇から生やした二対の複腕。ダークグレーの装甲がどう見ても窮屈そうなデブの下半身には、四本の複脚に支えられた巨大なタンク。背中にははねの代わりにマウントされた六門のガトリングガン。

 ハエの化け物みてえな気色悪い強化外装は、先日仕留め損ねたグーラのボス以外にいるわけがない。


暴食せしグラトニーゼブ。あたしらは死体でもクソでもないんだ。たかるんじゃねえよ」

「威勢はこの前うちのォ殺ったときになくしちまったかァ!? テメェを地獄に叩き落とすつもりで尾けてきたがァ、まさか宝の地図にめぐり会えるたァな」

「……マジかよ。そんな図体で女ひとりのストーカーとか、あんたの気はハエより小せえのか?」

「まさかユーカのせいなの!? 最低! やっぱり知られなければよかった!」


 真後ろで聞こえる怒鳴り声に肩を竦めるしかない。ハルはあたしの背中から抜け出そうと暴れるが、無理だと悟ったのかすぐに大人しくなり、再び口を開く。


「グーラ、あなたたちも私の店に強盗なんていい度胸ね。一人残らず死にたい?」


 明るいまま利かせたドスに、ゼブは六本の腕で腹を抱えて笑うだけ。


「俺にァ今更られるモンもねェからなァ! メシヤに消されるくらいなら打つだろォ? バクチってもんを。んで、こいつァ勝ち金って奴よ」


 見せつけた端末を後ろの部下へとほうったゼブ。六腕が慌ただしく動き出し、六門のガトリングガンへと伸びる。


「てめェらにも分け前、くれてやらねェとなァ!」

「悪い、ハル!」


 ゼブへと投げた手榴弾を感知した統合戦闘支援インテグレーテッド・エンゲージメント・サポートシステム『IESS』イースが人体の反射より早くシールド出力を上限まで引き上げる間に、花びらのように伸長展開したナインテイルズであたしとハルの二人を包み込む。

 次の瞬間、虫の羽音のような銃声と手榴弾から炸裂した二万度を超えるプラズマの爆音が耳を貫き。

 強烈な熱波と衝撃が駆け抜けた。





「ユーカ。この落とし前はどうつけてくれるのかな」


 至近距離での爆発を受け、二人の部下を失ったゼブは残りの数人と撤退していった。

 こちらが不利だった状況を考えると、どうやら先日返り討ちにしたことが相当尾を引いているらしい。マジでデカいだけのハリボテクソ野郎だ。

 店内は見る影もなく破壊し尽くされ、焦げ臭さが充満している。見渡したハルが振り返ると、消し炭になったおにぎりがザク、と音を立てて踏み潰された。


「こうなった以上、もうペリパトスを自由に歩けると思わないでよね」


 笑顔の薄皮一枚向こうには煮えたぎる怒り。ハルの言葉は脅しではなく事実そのものだ。これまで店の情報をあたしの耳に入れないようにしてきたのと同じく、社会的な抹殺ができるということだろう。

 だけど今の問題はそんなことじゃない。


「悪かった。この店に売ってるものに取り返しがつかないことはあたしにもよく分かる。煮るなり焼くなり、好きにしてくれていい……」


 ひとの手を、時代を、宇宙を渡ってきた数々のものをあたしがあっけなく絶やしてしまった。

 失われて消えていくだけの過去を残すためには、記憶や思い出だけではあまりに儚いっていうのに。


「ええ……そこまで悲しい顔するの!? こっちが泣きそうになるくらいなんだけど。あなたなら普通『そんなこと知るかよ! クソ盗賊どもに言ってくれ』って返すんじゃないの?」

「言うわけねえだろ。形ある過去の尊さを知らねえなら骨董食を集めたりしねえっての。あたしだって悔しいが、今を生きるあんたの命には代えられねえんだよ」

「それはまあ、そうなんだけど……なんか調子狂うなぁ」


 ハルが首を折れそうなくらい捻ったところで、感傷に浸っている場合ではないと我に帰る。脳波操作でコロニーの宇宙港に停めていた小型戦闘艇を起動した。


「そんなことより今はグーラを追うぞ。食い物の恨みが怖いってことをあいつらは知らねえらしいからな。座標は分かるか?」

「もちろん。目障りなハエどもを一匹残らず叩き潰すまで許さないんだから」

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