おにぎり【ジャンク品:動作確認済です】

綺嬋

第1話 骨董品店メシヤ

『おにぎり【ジャンク品:動作確認済です】』

「マジで!? これ……本物だよな?」


 均整の取れた三角形のフォルム。

 底辺から包むように張られた黒緑の薄いシートは海苔か。

 斜め上からかじられた部分からは、オレンジとピンクの中間くらいの加熱された繊維状の物体が見える。おそらくは魚肉だ。

 レジ前に立つショーケースの一等地に並ぶ直方体の時間凍結器ステイシスセル。そのなかに浮かぶおにぎりに、あたしは釘付けになった。


 製造年月日、西暦二一二三年四月十二日。

 製造所、太陽系第三惑星地球日本国埼玉県。


「すげえ……正真正銘の旧暦の食べ物だ! 統一食糧ルードをフォーミングしたまがい物じゃねえ!」

「お客さんラッキーだね。今さっき並べたばかりだけど数時間もすれば売れちゃうよ。隣も見てみな」


 原型を留めなくなるほどの増改築で雑然としたスペースコロニーの奥の奥。隠匿ステルス技術によって存在を巧妙にマスキングされた、レトロなサイバーパンク感満載の骨董品店にいるのはあたしとカウンターに立つ女の二人だけ。

 後ろから聞こえた挑発するような声に促されるまま、空間投影された商品情報のさらに横へと視線を動かす。堅牢な額縁に飾られているのはしわ一つなくひらかれた多層フィルム。中心に貼られたシールの文字は。


「紅しゃけ──って。この緑、赤、オレンジのトリコロールのロゴは! 信じられねえ! 本物のコンビニおにぎりだ!」

「すごいでしょ? それにしてもあなた、そんな古い言語が翻訳なしで読めるなんてなかなかのツウだね」

「旧暦言語を読めねえようなヤツに、骨董食アンティクードを集める資格はねえんだよ。しかしなんでまたこいつはフィルムまで完璧にあんのにジャンク品になってんだ?」

「本物かどうかちゃんと査定しないといけないからね。私が動作確認あじみしたんだよ」

「はあ!?」目眩がする勢いでカウンターへと振り向く。自慢げに笑う口のそばについた白い粒が、あたしの目眩をさらにひどくさせる。


「貴重な逸品になんて真似しやがった! 今すぐ吐き出せ!」


 腰のホルスターから抜いた銃を突きつける。

 半袖シャツとオーバーオールに薄汚れたエプロンを身につけるのは、ブロンドのセミショートが映える褐色の肌をした女。歳はあたしと同じくらいに見える。バイトだろうか。

そこまで観察したところで、何食わぬ顔で垂直二連の砲口に目を細めた女が口を開いた。


「その三十ミリ口径拳銃型電磁投射砲ハンドレールキャノン、ワンオフカスタムの『ミョルニル』だね。純正みたいにきれいな仕事」


 バイトのくせにそこそこ見る目はあるらしい。感心していると、女の目があたしと交わる。明るさのなかにどこか人を品定めでもするようないけ好かない眼差しだ。


「素敵な銃のことは置いといて。骨董だって食べ物は食べ物なんだから、味わわないと勿体ないよ。《白銀舞踏ジルバレッテ》ユーカ・ノスティマさん」


 吐き出されたあたしの名前と通り名に熱くなっていた脳ミソが冷める。

 傭兵にとって自身の評判は大切だ。どれほどかと言えば、実力、雇用主の安全、それから自分の生死への無頓着さと同じくらい。

 何度だって言い聞かされていたことを反芻はんすうして、舌打ちしながら銃を納めた。


「こりゃお見知り置きどうも。食べ物だって骨董は骨董なんだから、大切にしないと勿体ないよ。バイトのねーちゃん」

「食べないと本当のよさは分からないと思うんだけどね。ところでさ、あなたはこの店──『メシヤ』をどうやって知ったの?」

「情報屋だよ。いにしえの救世主の名を冠した、知る人ぞ知る骨董品店があるという噂はかねてから聞いてたからな」


 やけに鋭い眼差しで質問をしてきた女は、あたしの回答にデカいため息をついた。


「はー、口の軽さが金の重みに比例する情報屋はこれだから。私は食べ物としての在り方を否定してコレクションするだけの骨董食アンティクードコレクターが嫌いなの。だからこの店のことがあなたたちの耳に入らないようにしてたんだけどな」

「あんたにそんなことができるようには見えないんだが。店主が有能なのか?」


 この店があるコロニーもあたしが暮らすのも、太陽系とこいぬ座のルイテン星系を結ぶ航路の中継点のひとつであるこのセクター・ペリパトスだ。

 離れた宙域ならともかく、近くにある存在を隠し続けられるような芸当がこのバイト女にできるとは思えない。


「いいこと言ってくれるね。店主は嬉しいよ」

「今もどっかで聞いてんのか。なんだよこそこそしやがって……」


 一切感じられない気配に辺りを見回していると、女が薄気味悪い笑いを張り付けて両手で自分の顔を指した。


「ここだよここ。私こそがメシヤの店主、ハル・ヴェスターだよ」

「はあ? あんたが? どう見てもバイトだろ」

「見た目で人を判断するのはよくないな。そんなこと言ったら、人の店で主に武器を向けたあなたはグーラでいいかな?」

「あんなクソ盗賊どもと一緒にすんな。むしろグーラならこの前あたしが壊滅させたっての」


 グーラはペリパトスを根城とする宇宙盗賊団だ。古い言語で『暴食』を意味する名の通り、と思ったものは見境なく奪うクソ野郎ども。殺人、強盗、大規模なテロ行為。罪状は数知れず賞金首にもなっているが、つい一ヶ月ほど前に大型輸送船を襲撃してきたところをあたしが返り討ちにしてやった。

 ボスは逃げたが団員の大半は死亡あるいは逮捕。もう組織としての力は残っていないだろう。


 ハルと名乗った店主は、あたしの頭から足先までを見て肩をすくめた。


「そういえばそうだったね。あいつらに殺されちゃったうちのお客さまもいたし、《白銀舞踏ジルバレッテ》の雷名に免じて私に銃を向けたことは許してあげる。それにしても、キツネ頭の強化外装エグゼアルスがないとただのガサツなおねえちゃんって感じなんだね。それで趣味が骨董食アンティクード集めとか……」


 言いかけたところで頬を膨らませて笑いを堪える顔がムカつく。


「人の趣味をとやかく言うんじゃねえ! 工場でバカみてえに自動生産されるだけの統一食糧ルードと違って、『本物』の食べ物はたとえ当時の工場で生産されたものでも人の血と汗と涙の積み重ねの上に実った文化の賜物たまものなんだよ! あんたも共感ってもんを身に付けろよ、店長やってんだろ?」

「うわー面倒臭いタイプのオタク」

「この店ではケンカも売りものなのか?」

「高くつくけど買ってくれるの? お客様」


 皮肉めいた笑いが気に食わないが争うべき相手じゃない。銃に伸ばしかけた手を上げて降参のポーズを作ってやる。


「すいませんね、あたしみてえな二流の傭兵にはとてもじゃないが買えませんよ」


 嫌味ったらしい顔のまま背を向けた店主は、カウンターの裏に立つ縦長の収納棚に手をかけた。観音開きの扉の内には球体、棒、四角い板などクリーム色の立体が並ぶ。全てが統一食糧ルードだ。

 店主はそのなかから手のひら大の立方体をわし掴みにすると、隣のラックに立て掛けられた皿を一枚引き抜いて立方体を乗せ、ラック下に収まる箱形の家庭用食糧成形機フォーマーに突っ込んだ。

 ドアを閉じるとメニューが店主の前に浮かび上がる。ハンバーガー、ピザ、ホットドッグ、タコス、ミートパイ等々。フォーマーが店主に提案するおすすめのピックアップリストはえらく偏ってる。

その悩む必要のなさそうなリストに首を捻った店主は、一呼吸置いてから空中に浮かぶアイコンを指でタッチした。


「ハンバーガーにでもしよっかなー」

「どれも似たようなもんじゃねえか。そもそも客がレジに立ってんのに飯かよ」

「銃を突きつける上にケンカも買えない二流の傭兵はお客様と呼べるのかな?」

「……ムカつくなこいつ」


 苛立ちを代弁するように低音のノイズを発してフォーマーが動き出すと成形フォーミングが始まる。ガラス扉の向こうでクリーム色の立方体がハンバーガーへと姿かたちを変えていく。

 誰にだって当たり前の調理だが、こんなタイミングのレジ裏でやることじゃない。


 あっという間にフォーマーがピーと短いブザーを鳴らして止まる。扉を開けて皿を取り出すと、クリーム色のサイコロは炭とソースの香りが腹を鳴かせる出来立てのハンバーガーになった。


「あなた、骨董食が先人の文化の賜物って言ったけどさ。食べもしないくせに語るなんて失礼じゃない?」


 店主は一口頬張る。唇についたチーズを舐めとると、断面を見せつけてきた。

 つやつやでくしゃくしゃのバンズ。瑞々しいレタスにトマト。オレンジに近い色合いのチーズはいかにも濃厚で、厚みのある粗挽きのパティからは脂と肉汁が溢れてくる。カリカリのベーコンとホクホクのハッシュブラウンが食感のアクセントだ。粒入りのピーナッツバターを入れてくるセンスだけは認めてやる。


「まあ、食べたところで味も栄養も完璧な統一食糧に勝てるわけがないもんねー」

「あのなあ、統一食糧ルードしかないこの時代に新たに生まれる骨董食アンティクードなんてありゃしねえ。食ったらそこでこの世に残る骨董食がひとつ、永遠に失われるんだよ。あんたの言うことは間違っちゃいねえが、のこすことを失礼だと言うならこんな店やめるんだな」


さっきは煽りに負けたが今度はそうはいかない。棚に背を預けてハンバーガーを食べていた店主は、あたしの言葉に顔をしかめた。どうやららしい。


「今のは私の負けだね。そこで勝利したあなたに、お買い得な商品を紹介してあげるよ。そのジャンク品食べかけの鮭おにぎり、半額の50万UNIDユニヴァーサルダラーでどう?」


 当時二百JPY──現在の通貨に換算して2UNIDユニドほどの値段だったおにぎりが、今や食べかけで二十五万倍。しかしそれでもぼったくりではなく超良心的な価格設定。

 これを逃せば次がいつになるか分からないチャンスだ。


「マジかよ!? 売ってく──」

「コレクションしないで食べるっていう条件付きだけどね。 食べかけだからあなたの良心もそこまで痛まないだろうし、私としてもあなたに骨董食を食べさせることができる。悪くない話でしょう?」

「うーん……いや……でも、だって、だってさ。食べたら、なくなっちゃうだろ……? 遥か時空を超えてきたのに、勿体ねえよ……」

「あなたは恋する乙女か何か? まあそんな顔するなら、筋金入りの骨董食アンティクードコレクターだとしても悪い人じゃないっていうのは分かったよ」


 店主はオーバーオールのポケットから、カード型の情報記録端末をカウンターに置く。あらゆるネットワークから遮断され、あたしの銃さえ無傷で防ぐ軍事規格品ミルスペックだ。


「私はどこで、そのおにぎりを見つけたと思う?」

「まさか旧暦時代の難破船か!?」


 カウンターに伸ばしたあたしの手が空を切る。店主は底意地の悪い顔でひらひらと端末を見せつけた。あれは間違いなく宝の地図だ。


時間凍結器ステイシスセル入りの未開封コンビニおにぎり、いくらまで出──」

「言い値で買おう」

「あれ、その言い方……あなた、以前私と話したことでもあったっけ?」

「あったらあたしはとっくにこの店に来てるっての」

「確かにそうかも。まあいいや、迷いがなかったから合格! 実は先日、初期型の恒星間航行船を見つけたんだ」


 伸ばされた指にショーケースを振り返ると、食べかけおにぎりの下段には無駄にデカくてゴツい立方体型の時間凍結器ステイシスセルがあった。

 【動作確認済。外装は経年劣化がありますがちゃんと時間止まります】と手書きの説明がついている。


「当時の警備システムがまだ生きててさ。その時は用意も不十分であまり引き上げて来れなかったんだけど、まだ山のようにお宝があるんだよ」


 思わず鳴った喉に、店主は腕を組んでドヤ顔を作る。


「あなたが護衛に同行してくれれば、おにぎりは報酬としてあげてもいいかなって」

「お任せくださいお客様。この雌狐めぎつね、予定は二四時間三六五日いつでも空けられますので」


 平静を保ちつつ心のなかでガッツポーズを決める。

 人類が他星系へと進出したばかりの頃の船を歩けるだけでも貴重な体験だ。その上報酬まで出るなんて、願ったり叶ったり。


「少しも嬉しさを隠しきれてないし、むしろフルオープンじゃないそれ? 本当に分かりやすい人だなー」

「し、仕方ないだろ好きなんだから!」

「ひとまずこれで契約は成立っと。あなたは私の雇われだからユーカって呼ぶけど、堅苦しいのは嫌いだからユーカも私のことはハルって呼んでね」

「了解。それじゃあハル、よろしくな」


 ハルが端末をカウンターに置いて、あたしの差し出した手に応じる。


 少し小さな手を握った瞬間、後方で爆発が起きた。

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