143.蹂躙機構
「
決まった。……なんて油断をする暇も無く、ミゼリコルデは意図的に自分の左腕を爆破、表面装甲のみを吹き飛ばすことで呪いを回避した。
装甲の破片は呪いに冒され塵となるが、本体に届くことは無い。
「再構築。この程度では私には勝てませんよ、キルゼムオール様」
「ちっ」
「それと、今ので条件を満たしましたので、制限を解除致しますね」
全ての損傷を修復したミゼリコルデは、無詠唱で拳銃を構築して発砲する。
「(今のが……じゃあ、ここからが本番ってことだね)」
キルゼムオールは事前に、早期決着が好ましいと告げていた。そしてその理由こそ、この無詠唱にある。
無詠唱を含めた、あらゆる制限の完全撤廃。
「……
エクスマキナには創造主である『構築のシルヴェスター』によって制限が設けられている。対人を専門とするミゼリコルデに設けられた制限は、殲滅機構を使用した状態で甚大な損害を被った戦闘でのみ全力を出せるというもの。
殲滅機構すら人間相手には過剰過ぎる威力なのだから、それが打ち破られたのならどのような手段を使ってでも敵を滅ぼせという
「気を付けろよセナ! こっからは真面に食らえば即死だぜ!」
故に、この形態に移る前に斃すのが理想だったのだ。
「蹂躙機構解放、クルセイダー」
「《ウェポン・オーバーブレイク》!」
メイド服の上に騎士のような装甲を作り、ミゼリコルデはキルゼムオールに接近戦を仕掛けた。左手に拳銃を、右手に細剣をそれぞれ装備したミゼリコルデは騎士のようである。
キルゼムオールは武器破壊を代償とするアーツで見事なパリィを披露するが、追撃はせず、常に片手は防御に回している。
だから、パリィによって生じた隙はセナとレギオンが埋める。
「――《ペネトレイトシュート》」
かつてジジが言っていた。単純で使い勝手のいい御技のほうが狩人らしいと。
あの頃よりスキルもアーツも増えたが、彼女の言ったとおり、単純なアーツであるほど効果的に使いやすい。
例えば、僅かな隙を広げるために差し込んだり。
「っは! 《ウェポン・オーバーブレイク》!」
ほんの一秒にも満たない隙を、一秒だけ延ばす。それさえ出来れば、キルゼムオールが追撃できる。
巧みなインベントリ操作で手元にナイフを出現させた彼は、投げ捨てるようにミゼリコルデの左手を狙った。
右手はパリィによって、左手はセナの攻撃によって弾かれている。
ここから反撃は……
「私を甘く見積もっていますね?」
重心を下げつつ片足でナイフを蹴り、その勢いでもう片方の脚を軸にして回転する。重心を後ろに下げたのは回転する方向を調整するためだ。
右手の細剣でキルゼムオールを斬りつけながら、左手の拳銃でセナを撃つ。
そのまま倒れ込むように後ろに下がったミゼリコルデは、重心移動と足技だけで姿勢を整えた。
「(掠った……!)」
しかも狙いが精密である。
勢いよく一回転したというのに、ミゼリコルデは矢が放たれた場所を逆算、推測して、姿を隠していたセナ目掛けて精密な射撃を行っていた。
回避する間もなく銃弾はセナの腕を掠め、抉り、呪いを付与する。
「(『死呪刻印』……!)」
付与された呪いの効果は、即死。直撃ではないため発動まで猶予があるが、インベントリを開いて解呪アイテムを取り出す時間は無い。
「マスター!?」
「ちぃ、掠ってたか!」
だからセナは、咄嗟に自分の左腕を斬り落とした。
仮想の痛みには慣れている。ジジとの特訓で数え切れないほど惨たらしい殺し方をされたし、そもそも脳が警鐘を鳴らしていても、この痛覚は結局用意された仮想でしか無い。
それでも、自分で自分の腕を斬り落としたのは初めてだ。肩から刃が食い込み、皮と肉と軟骨を裂きながら切断する。その感覚を、手応えを、自分の意思で振り下ろした右手で感じることに、自然と涙が零れた。
「マスター、大丈夫!?」
「……わたしは、だいじょうぶだから」
気を付けるべき事柄は聞いていた。『死呪刻印』はその最たるものであり、弾丸が命中すれば確定で付与されてしまう。
呪いは病気でも毒でもない。故に、『疫病の加護』の対象外となる。
幸いなのは、概念の押し付けに至っていないことだろう。そうでなければ命中した時点で即死していた。
「――だめ、マスターはレギオンが守る。レギオンはそっちに集中して」
「……わかった。絶対だからね」
少女レギオンを諫めた大人レギオンは、セナを自身の影で覆う。
群体であるレギオンに『死呪刻印』が撃たれても、群れの中の一体を犠牲にするだけで防げるので、これは完璧な守護と言える。
「レギオン……?」
「レギオンはマスターのもの。マスターが一番大事。だから――許さない」
その影の中で、レギオンはセナを強く抱きしめた。
「マスターがマスターを傷つけるのはだめ。そんなことをさせたアイツを、レギオンは許さない」
「これは……」
それは怨念であった。少し前までレギオンの中で燃え盛っていた竜の遺志が与えた、憎悪という感情。
その感情を、幾千幾万幾億の群れが共有し、増幅させる。
「だから、レギオンを使って。レギオンが代わりにアイツを殺す」
どろりと溶けた群れが、セナの欠けた腕を覆っていく。形作られるのは、真っ黒な憎悪で満たされた怨念の腕。
しかも、変化は腕に留まらない。
肩を伝って首へ、胸へ、腹へ、脚へ、セナの全てをレギオンが覆う。
《――装備が変更されました》
《――アーツ《従魔纏い:群》が追加されました》
【《管理者限定アナウンス》】
【《個体名レギオンの【魂魄】によって一部システムにバグが発生しました》】
【《バグの修正のためロールバックを――》】
【《管理者より訂正》】
【《修正は許可されない》】
【《以上》】
【《…………アナウンスを訂正》】
【《新たに発生した事象を記録》】
【《既存システムを改良、仕様として追加します》】
影の中で、セナは自分の変化を理解した。欠損した腕はレギオンによって補われ、装備にもレギオンの存在が染みている。
まるでマーキングのような行為だが、嫌な感じはしない。セナはむしろ、当たり前の行為だと受け入れた。
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『古の狩人装束・レギオン』
・エイアエオンリーカが創造した狩人装束。本来の力には及ばないが、狩人としての高みを超えようとする意思によって強化されている。
・所有者固定。
・自動修復。
・装備時、全てのスキル効果増大。
・装備時、敵対者に恐怖、麻痺、発狂のデバフを与える。
・MP+一〇〇%
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装備の色は大きく変わっていない。細かい装飾と模様が増えた程度だ。
けれど、追加された効果が強すぎる。単なる補正ではなく、スキル効果の増大だ。あとついでに【無貌の仮面】が取り込まれていた。
「マスター、これなら使えるよね」
「……うん。ありがとう、レギオン」
簡易ステータスには『憑依合身状態』と記載されている。これは神威の発動条件として設定されているものだ。
予想外の形で修得することになったが、セナはこれも受け入れる。
レギオンはセナの大事な存在だ。データの集合体に過ぎないとしても、大事な大事な友達なのだ。
だから、
「行くよ、レギオン」
「うん、マスター」
使う。
「……あン?」
この、
「不確定要素と判断」
力を。
「――《神威:
……全力で。
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