138.戦闘メイド

「――急げ! 追いつかれるぞ!」

「これでも急いでるよ!」


 そんな声が聞こえたのは三日目のことだった。

 効率的に移動しながらポイントを回収していたセナの横を、ドタドタと慌ただしい様子で走り抜けていく。

 ちょうど《ステルスハント》の効果時間中だったので気付かれなかったが、だとしても警戒すらしないのはおかしい。


「(……なんか、ボロボロだったな)」


 いくら通路が広いとはいえ、昼間のように明るいこの迷宮内でレギオンの影に気付かないのは慌てすぎである。

 だが、彼らには周囲を確認する余裕すら無かった。


 不思議に思いながら彼らがやって来た方に注意を向けると、カチ、カチ、カチ、と音がした。

 最初は微かな音だったが次第に大きくなり、人影が見える頃にはなんの音なのか判別できる。

 それは金属音であり、機械が作動する音だ。間違っても人から鳴っていい音ではない。


「(……メイド?)」


 機械音を響かせながら滑らかな動作で通路を進む彼女は、一般的にメイド服と呼ばれる衣装を着ていた。

 銀色の髪をシニヨンにして束ね、美麗な顔には最低限の化粧しかされていない。それでも整った顔立ちのお陰で美しさが担保されているので、間違いなく美人だと言えるだろう。

 ただ、クラシカルな衣装の上から金属装甲を貼り付けてあるので、どう見ても普通のメイドではない。戦闘メイドと形容するべきだ。


「……追跡停止。タスクを再設定」


 彼女は通路の途中でふと足を止める。先ほど逃げていたプレイヤーの追跡を止めたようだ。

 セナはその隙に相手の観察を始める。


 武器らしい武器は見当たらず、徒手空拳をメインに据えているのだろうか。

 よくよく見てみると、手首や指が球体関節なので人間では無いことが分かる。機械音が聞こえたことから、誰かが操作する人形、あるいはそういうモンスターなのだと推測するセナ。


「……攻撃的探知を開始します」


 直後、セナは得体の知れない感覚に襲われた。背筋をなぞられるような、ぞわりとした感覚だ。

 それは探知された感覚であり、セナの居場所が知られたことでもある。

 即座に矢を番えて攻撃に転じようとしたが、


「――殺戮機構その一、アクティベート」


 セナは攻撃より回避を優先した。

 ファンタジー世界には似つかわしくない武器が目に映ったからだ。


「攻撃開始」


 それはミニガンという名称で知られる銃によく似ていた。複数の銃身を回転させることで効率的な射撃と冷却と給弾を実現した武器である。

 圧倒的な発射速度。そして火力。

 そんな武器が両腕に一丁ずつされており、直線上にあるモノ全てを蹂躙する勢いで攻撃が開始された。


「うそぉ……」


 ダンジョン扱いであるはずの地面が粉砕されているのをみて、セナは思わず間抜けな声を漏らす。

 ただ、表面を軽く粉砕する程度で済んでいるのは、ここがダンジョンとして扱われているからだろう。

 そうでなければ壁もろとも破壊されてデスペナルティに陥っていたはずだ。


「撃破失敗。殺戮機構その三、アクティベート」

「レギオン!」


 効果的ではないと判断したのか、今度は別の武器を構築したメイド。

 攻撃される前に攻撃することで主導権を握ろうと、セナとレギオンは反撃に移る。


「――《ボムズアロー》!」


 無詠唱で《ディレイエフェクト》と《プレイグオーラ》を発動して接近戦対策をしつつ、高火力の爆撃攻撃を叩き込む。

 銃火器を使うのなら火薬に引火するかもと考えての選択だ。


 「……攻撃開始」


 だがメイドは気にする様子を見せず、引き金に掛けた指を引いた。

 ぽんっ、と軽い音と共に丸い物質が放たれ、着弾すると同時に爆発が発生する。


「グレネード!?」

「再攻撃」


 爆発とともに撒き散らされた鉄片をレギオンが防ぎ、なんとかダメージを抑えることに成功したが、メイドは追撃を開始している。

 ぽんっ、ぽんっ、と次々にグレネードが発射され、セナは回避に専念しなければならなくなった。


「マスター、どうする?」

「グレネードのままなら接近できれば……でも、相手は武器を切り替えられるみたいだし」


 メイドが扱う武器の特性が分かるのはプレイヤーだからこそ。

 レギオンはモンスターなので近代武器の知識は無いが、現在進行形で行われている攻撃を体験すればその危険度は嫌でも理解できる。


「……とりあえず、《プレイグスプレッド》」


 攻撃が止んだ僅かな隙に疫病の珠を投げつける。そしてそれを矢で射ることで狙い通りの位置で疫病を発生させる。

 選択したのは『黒死病』。メイン効果は五分後に即死、更に三〇秒ごとにランダムな状態異常の併発があるので単体でも強いが、そこに身体機能の麻痺や感覚異常を混ぜ込み、人であれば立つことすら出来ないようにしてある。


「有害物質を確認、対処不要と判断。殺戮機構その一、並列アクティベート。攻撃続行」


 しかし、メイドは気にすることなく追撃してきた。

 左腕に再構築したミニガンを掃射することで視界を晴らし、右腕のグレネードランチャーからは凶悪な爆弾が発射される。


「……いったん逃げよう。斃さなきゃいけない状況じゃないし」


 死力を尽くせば勝率があるかもしれない。だがここは、シャリアの魔塔の最上階でも、『巡り堕ちる勤勉の螺旋』最下層でもない。

 ここでは逃げるという選択肢が残されているのだ。


 幸い、レギオンの偵察によって近くの安置部屋も特定できている。

 セナは煙幕として《プレイグスプレッド》を使い、兎一号と二号を囮にして撤退した。

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