136.選ばれたのは、絶望でした

「――ふむ。夢か現か……不思議な感覚よな。力もかなり制限されている。転移……いや、複製か。連続性を保ったまま余を複製するとは」


 感嘆の息が漏れる。

 かつては七賢人の一人として名を連ね、今では一つの国を治める皇帝となった超越者である自分が、一切の予兆無く複製された事実に。


「記憶はある。スキルはある。加護もある。修めた魔法も、神威も……うむ。完璧に複製されたな」


 無詠唱で〈黒〉を生み出し、お手玉のように転がす。

 何もかもが二割程度にまで制限されているが、ヴィルヘルミナはむしろ笑みを浮かべた。


「つまり、余の役割は番人ということか」


 ここにいる自分が何者であれ、本来の自分はいつも通りに仕事を熟しているのだろう。害を及ぼされたわけでもない。ただヴィルヘルミナという存在を、人の世に影響を与えず使うための措置。


 転移だろうと召喚だろうと、前触れもなく皇帝が消えれば混乱が生じるのは必然だ。

 人類に対してこんな配慮をする超常の存在は神々しかいない。おそらく〝世界を繋げし無限にして創世の神〟の権能も使われているのだろう。

 ならば、事が済めば複製体の記憶はあちらに合流するはず。


「ではしばし戯れてやるとしよう。貴様らも、それでいいな?」


 ♢


「くそっ、なんだよこれ……ふざけんなよ!」


 同時刻。

 プレイヤーたちの間で前戦組と呼称される、トッププレイヤーが集まって結成されたパーティーの一つ。

 平均レベルも86と中々に高く、ジョブの進化も済んでいるため戦闘能力はかなり高いパーティーだ。

 それが、リーダーを残して全滅した。


「私はむしろ、手加減してあげているんだけどね」

「っ、俺らを蹂躙しておいて……」

「はぁ、全く。セナを見習って欲しいね。手っ取り早く力を求めるから、相応の実力が身に付かないんだ」


 短剣の腹の上で疫病の珠を静止させ、彼女は言う。


「君たちは何故努力をしないのか、理解に苦しむよ」

「してるさ! 毎日一〇時間はログインして、そのうち六時間はレベリングに費やしている! 装備だって生産職と交渉して揃えているんだぞ!?」

「たった、の間違いだろう?」


 自分たちの努力を否定されて憤る男の言葉を、彼女は呆れた様子で一蹴する。そもそも、彼女の基準では寝る間を惜しむぐらい厳しくしてから努力と呼ぶのだ。楽に済ませるための努力だって、効率化のための技術やコツなどを必至に考えるだろう。

 比べる相手が悪いが、同じ来訪者であるセナに出来て、彼らに出来ないはずがない。やらないなら、それは怠慢だと思っている。


「……《千里眼》」


 だが、もしかしたら彼らは、セナとも違うルールの下で生きているのかもしれない。

 そう思って《千里眼》を使い、生き残っているリーダーの情報を詳らかにした。


「(レベル87。ジョブは無難な剣士系で進化は一回。枕詞は二つ。スキルは一〇個、アーツは二〇。努力したと言うけれど、どれも無難すぎる)」


 けれど、ステータスはあまりにも無難。突出した才能が無い。

 切り札と呼べるアーツは見当たらず、当たり障りの無いものばかり。

 ならばと思って装備を見ても、魔法金属は一つも使われていない。品質はいいが、やはり無難としか言えなかった。


「――なんとか言ったらどうなんだ!」

「……矜恃か何かは知らないけど、つまらない言い訳は止めた方がいいよ。弱く見えるからね」


 心底つまらない顔で、疫病の珠を弾く。

 それはセナが扱う《プレイグスプレッド》と同じだが……一つだけ決定的な違いがある。

 拡散されるはずの疫病が、収束していくのだ。


「――《プレイグコンバージ》」


 死は拡散しない。死は万物に訪れる。故に、指定した対象の耐性やステータスを無視して病に冒された結果だけを押し付ける。

 これこそが《プレイグコンバージ》。セナの《プレイグスプレッド》を対単体に特化させ、必殺の一撃と呼べるほど極めたもの。


 ♢


「えぇ……嘘でしょう……?」


 足下に倒れ伏すプレイヤーたちを眺めて、彼女は心の底から驚愕した。


「そこそこレベルは高いようだから期待したのに……」


 試練の番人ではなく、一個人として自由に振る舞えると思ったらこれだ。

 かつて相対したセナと比べれば、あまりにも脆弱。対策らしい対策も取らずに無策で突っ込んでくるなんて、いったいいつの時代の人間なのか。


「んん! ……いくら私が七賢人の一人だとしても、二割しか出せない私に惨敗するなんて情けないですよ」


 普段は魔塔の最上階でだらだらと過ごしてばかりの自分に、こうも無様に負けるなんて情けない。

 彼女は本気でそう思っている。


 禁止系の規則すら使っていないのに、これでは自分の試練に挑戦することすら不可能ではないか。

 未だにセナ以外の挑戦者がいないのを不思議に思っていたが、この惨状を目の当たりにすれば納得せざるをえない。


「本当に……はぁ、いえ、もう呆れて言葉すらでません」


 コツン、と杖を鳴らして魔法を放つ。

 規則の権能すら込めていない大雑把な魔法だが、死に体のプレイヤーたちにトドメを刺すのには十分だ。


 まさか、こんな雑魚の相手をするためだけに、七賢人の一人である自分は複製されたのかと、彼女は呆れている。


「せっかくですし、見て回りますか」


 もしかしたらセナに匹敵する……いや、それ以上の強さを持つ人間がいるかもしれない。

 今しがた斃したのが弱い部類だと仮定して、彼女は迷宮を徘徊し始めた。

 ……同じように、の超越者も行動を開始する。


 アグレイア七賢人、ヴィルヘルミナ・エル・ディアナ。

 アグレイア七賢人、シャリア・リエス・ルグナディオン。

 神の従者にして古代の英雄、ジジエラ・ノインルプス。

 そしてもう一人……。


 全員が能力を二割以下にまで制限されていながら、圧倒的な実力でプレイヤーを蹂躙する様は、歩く災害そのものだ。

 のちに検証班はこう語る。「アレは人の尺度で測れる次元じゃない。たぶんレベル四桁はあるぞ」と。

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