135.背徳の迷宮

「――クッハ、タイミング悪いなぁ、おい」


 どさり、と腰を下ろして運営のお知らせに目を通す。


「……迷宮攻略か。内容も被ってて面倒だが、こればかりはタイミングだからなぁ。今日は徹夜決定かぁ?」


 逸らした視線の先にあるのは、巨大な鎖で縛られた異形の姿。数十メートルの巨体を持つ【邪神の尖兵】だ。

 だが、まだ戦闘には入っていない。


 封印状態が保たれている状態の敵に準備せず挑むなんて、考える頭を持たない馬鹿がする愚行だ。

 時刻は深夜零時を過ぎている。

 地上に戻ればまた攻略をやり直さなければならないので、イベントが始まる正午までに斃すのが理想だ。


「………………余裕はある。が、一応、質の悪いドロップ品で代用しとくかぁ」


 男はインベントリから武器を取り出し、地面に突き立てる。

 二つ目を取り出し、突き立てる。

 三つ目、四つ目、五つ目と取り出し、それらもやはり突き立てる。


「さぁて、とりあえず一〇本あれば良いのが当たるだろ」


 種類もレア度も異なる武器を円形に並べて、彼はその中心に紅い剣を突き立てた。

 ドロップ品ではあるが、並べた武器はどれも性能が良い。高難易度ダンジョンのボス級モンスターのドロップ品を捧げるのだから、結果に期待するのは当然と言える。


「――」


 最後にアーツ名を唱えて、儀式は完了する。

 それと同時に、【邪神の尖兵】を斃すための準備も、整った。


 ♢


《――ワールドアナウンス》

《――【邪神の尖兵】が討伐されました》

《――以降、『宙にて果てる謙虚の塔』跡地にて幻想体と戦うことが出来ます》


「……えっ?」


 そのアナウンスが流れたのはイベントが始まる一時間前だった。すでにイベントフィールドは解放されており、大体のプレイヤーはここに移動してきている。

 セナがログを確認してみると、だいたい半日前の時刻にもワールドアナウンスが流れており、どうやら今しがたそれの決着が着いたらしい。


「おい、今の……」

「くそっ、また狂信者か!?」

「どこのダンジョンだよクソッタレ!」


 物陰に隠れていたセナへの篤い風評被害だが、前科があるので否定しようにも難しい。

 イベントに参加するためにも、今はレギオンの影に潜って他のプレイヤーから隠れる必要があるのだ。

 ドゥマイプシロンでの出来事がだいぶ前になってきたとはいえ、第二回公式イベントでセナの顔は知れ渡っている。

 出来れば、他人にばったり遭遇する可能性の低い迷宮攻略が始まるまでこうしていたいのだ。


「(……あの人だよね)」

「(ん、レギオンもそう思う。尖兵斃すって言ってたし間違いない)」


 かなり時間は掛かっているが、キルゼムオールは有言実行したらしい。それはつまり、【邪神の尖兵】をソロで斃したということ。

 元々侮っていないが、これで更に警戒しなければならなくなった。


 恐らくレベル100にも至っているだろう。

 ならば神威を修得していてもおかしくないし、なんなら条件もクリアしている可能性すらある。


 ……普通は、神威に使用条件が設けられる方が稀なのだが、セナは良くも悪くも常識を知らないため、キルゼムオールを自分より先に神威を扱えるようになったプレイヤーと認識した。


「(……そうだ、敵性存在を誰にするのか募集しているんだった)」


 思考を戻し、セナは広げたままの画面を操作する。

 迷宮に出現させる敵性存在は一人三案まで提出可能で、選択できるのはこれまでに出会ったNPCと、討伐したことのあるモンスターに限られていた。


「(どうせなら強い方がいいよね。他の人たちも色んな案をだすだろうし……)」


 内容はすぐに決まった。第一候補から順番にシャリア、ヴィルヘルミナ、ジジとなっている。

 これまでに出会い、戦い、その力を実感した人物を選んだのだ。


 採用されるかどうかは完全なランダムらしいので、全員が出現するかもしれないし、誰も出現しないかもしれない。

 そもそもセナぐらいしか出会っていないので、ほぼ間違いなく採用されないだろう。

 つまり、悪ノリというやつだ。


《――システムアナウンス》

《――ただいまより第三回公式イベント『背徳の迷宮』を開催いたします。マッチングはランダムです》


 時間が経ち、プレイヤーたちは転移の光に包まれる。 

 レギオンの影で待機していたセナも同様で、従魔たちと一緒に迷宮内部へと飛ばされた。


「《ステルスハント》」


 転移が完了した直後に姿を消し、通路の端へと身を寄せるセナ。

 誰の案が敵性存在として採用されたのかは、出会うまで分からない。

 なので、偵察をするレギオンは極力身を潜めて移動している。


「(天井は偽装かな。壁の上に登るのは無理そうだね)」


 目を細めて観察すると、どこか淀んでいるように感じる真っ白な空が、精巧に作られた偽物であることが分かる。

 足元の小石を軽く投げて確かめるが、カツンと音を立てて弾かれた。


「(どう?)」

「(人気が無い。レギオンの影の範囲内はマスター以外誰もいない。敵も見当たらない)」

「(わかった。じゃあそのまま偵察範囲を広げて。わたしも移動する)」


 偵察しているレギオンのお陰で周囲に人がいないと分かったので、セナは移動を開始する。

 スタート地点は完全ランダム、規模不明、出口不明の、超巨大迷宮の探索が始まった。

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