126.呑喰

 作戦を練り終えた捕虜たちは、ヴィルヘルミナを囲める位置に移動する。

 尻尾の動きに注意しつつ身長に近づく様からは、武術を嗜んでいたのだろうという雰囲気が感じられる。さもなくば、専業兵士なぞやっていないだろう。


「死ねぇッ!」


 五人全員が配置につくと、一番体格のいい男が大剣を振りかぶって叫び突撃する。

 しかも【無詠唱】スキルを有しているのか、何らかのアーツによって武器が強化されている状態だ。

 他の四人も揃って攻撃を仕掛け、それぞれ技名を叫んでアーツを発動する。


「――〈黒〉」


 だが、たった一言で彼らは身動きが取れなくなった。

 五人の頭上に発生した握り拳ほどの黒い珠。まるで空間そのものに穴が空いたように錯覚するほど黒い珠が生じた瞬間、彼らの体は地面に押しつけられたのだ。


「どうした? 余は口しか動かしておらぬぞ?」

「クソ、がぁぁ……っ!」


 闘志は消えていないようだが、這いつくばりながら叫んでも惨めなだけ。ヴィルヘルミナは嘲るように嗤い、〈黒〉を更に発動した。

 この〈黒〉は重力を増加させる効果があるらしく、あまりの重さに捕虜たちの体は地面にめり込み始めている。


「まだたったの二つなのだがな……」


 そう呟く彼女の周囲には、一〇程度の黒い珠が衛星のように漂っている。〈黒〉によって生成されるこの黒い珠は、拡大縮小もヴィルヘルミナの思いのまま。しかも大きさに比例して効果が増大される。


「三つ」

「ぐ、ううう……」

「四つ」

「ぁぁ……っ」

「五つ」

「ぎっ――アアアアアアァァァッ!!!」


 今の捕虜たちはプレス機に挟まれているような気分だろう。全身の骨が軋み、肉が潰れ始め、圧迫されることによって呼吸困難になっているにも関わらず、叫ばずにはいられない。


 それでも五人全員が意識を保てているのは、騎士として鍛錬を積み重ねてきたからに他ならない。

 ヴィルヘルミナが手を抜いているのもあるが、そもそも肉体を鍛えていなければ三つ目の時点で圧死していただろう。


「……これでは処刑と何ら変わりないではないか。せめて立ち上がるぐらいの気概は見せよ」


 しかし、わざわざハンデを付けたというのに、立ち上がることすら出来ないのでは、このような催しを用意した意味が無い。

 〈黒〉を解除し、捕虜たちが立ち上がるまで何もせず待つヴィルヘルミナ。


「…………クソが」


 捕虜たちは相手を包囲するより、味方をカバーできる距離にいたほうが良いと判断したようだ。

 それも〈黒〉を使われれば意味は無いが、一撃防げる可能性に賭けなければ待っているのは死のみ。


 ……いや、ヴィルヘルミナに挑むよりも、出入り口を陣取っている兵士を倒したほうがまだ生還率が高いだろう。

 捕虜の一人がそう思って逃げ出した。


「逃走は許さぬ。〈黒〉」

「ぎゃぴっ」


 痛みを我慢して逃げ出した次の瞬間、男は一瞬で地面の染みとなる。肉片一つ残らない惨状に、他の四人は顔を青くして震え始めた。

 この亜人が本気になれば、自分たちもああなるのだと本能が察したのだ。


 それでも、彼らの脳髄に染みついた思想が、常識が、現実を受け止めることを拒否する。

 エーデリーデ王国の特権階級や騎士には、賢愚の民と呼称される人種こそ特別な存在で、それ以外の種族は人のなり損ないである亜人という思想が蔓延っているのだ。


 だから彼らは、これまで信じてきた思想を肯定するために武器を構える。

 四肢の末端が震えようと、壊れかけの幻想に縋ることを止められないのだ。


「(……あの〈黒〉は魔法だよね。詠唱らしい詠唱が無いけど)」


 他方、この戯れを観戦しているセナは〈黒〉について考察していた。


「(シャリアさんみたいに大規模な魔法じゃないけど、あの黒い珠を任意の場所に作れるのは十分脅威だね。わたしは幾つまで耐えられるかな。でも、圧死させたアレぐらい大きいのは、いくらなんでも無理だよね……)」


 レベル100目前ということもあり、たしかに幾つかなら耐えることが出来るだろう。捕虜たちのレベルがセナを下回っているという前提だが。


「……マスター、レギオンはあれと戦いたくない。レギオンだと勝てない。でも……マスターの盾にはなるからね……」


 なぜか戦う前提で悲壮な覚悟を決めているレギオンだが、セナはヴィルヘルミナに挑むつもりは一切無い。

 勝てる可能性が無いと分かっているのに挑むのは勇気どころか蛮勇ですらない。ただの自殺行為だ。


「戦わないよ。勝てる気しないもん」


 一言発するだけで即死攻撃連発してくる魔法使いなんて、生粋のドMでもなければ戦いたいとは思わない。

 セナは狩人であり、テイマーだ。負ける戦いに臨む愚か者ではない。


「――はぁ、はぁ、はぁ……」

「残ったのたった一人か。だが、気概だけはそれなりにあるようだな」


 戯れが始まってから一〇分経らず。生きているのは大剣使いの大男ただ一人だった。

 他の捕虜たちは全員肉片か地面の染みとなっている。どの部位なのかすら判別できないほど酷い有様だが、これは処刑を兼ねた戯れなので当然の成り行きだ。


 肩で息をして、今すぐ逃げ出したい恐怖心を押し殺しながら、男はギラつく目でヴィルヘルミナを見据える。


「全力で来るがよい。せめて尾ぐらいは使わせよ」

「っ……、だったらお望み通りやってやるよ! 我が神よ、ご照覧あれ! 《神威:光讃えし天の焔サンライト・ブレイズ》!」


 上段に構え宣言すると、彼の体が炎に包まれる。

 離れた位置で観戦しているセナのところまで熱波が届くほどの高熱で、まるで太陽のようだと感じるぐらいだ。

 近くにいれば火傷は必至だろう。


「秩序の炎か。だが、弱いな」

「舐めるなぁぁぁぁっ!」


 炎を大剣に凝縮し、男は勢いよく振りかぶる。それは正しく全力、味方を危険に晒しかねない諸刃の剣。

 思想が偏っていても人道を踏み外したわけではない彼は、仲間がいる状況では全力を出せなかったのだ。


 それでも彼女には……ヴィルヘルミナ・エル・ディアナには敵わない。


「〈黒〉、〈反転・白〉」 


 堅牢な砦すら焼き切れる炎の斬撃はしかし、〈黒〉によって無力化された。

 〈黒〉は対象に掛かる重力を増加させるだけではなく、触れたモノを呑み込む効果もあるようだ。

 そして、〈反転・白〉はその逆、斥力を発生させる効果を持つ。

 神威が通じないと知り絶望した男は、頭部を粉みじんに吹き飛ばされて死亡した。


「……ハンデが少なすぎたな」


 そう呟くヴィルヘルミナの七賢人として肩書きは、『呑喰どんしょくのディアナ』。彼女の前では必殺の一撃も堅牢な防御も意味を為さない。たとえ魔法耐性を有していても、〈黒〉は全てを呑み込むのだから。

 故に呑喰。故に七賢人。

 古代アグレイアを支えた七賢人の称号は伊達ではないのだ。

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