125.ヴィルヘルミナの戯れ

「――尖兵を斃したそうだな」


 瑞々しい果実を口にしながら、皇帝ヴィルヘルミナはそう言う。

 セナが案内されたのは謁見の場ではなく、執務室らしい部屋であった。机の上には書類が山のように積まれており、羊皮紙のスクロールも幾つか置いてある。


 また、彼女以外にも複数名が事務仕事をしており、そのうちの一人は謁見の場で代弁者を務めていた男だ。


「陛下……」

「余の仕事は終わらせてある。優秀な文官がいるからな」


 にやり……と笑みを投げかけられた文官たちは気まずそうに、乾いた笑いを零しながら仕事を熟す。

 皇帝が確認しなければならない書類ならともかく、この部屋で仕事をしている文官の裁量でどうにかなるものを回されているのだろう。

 事実、ヴィルヘルミナの机の上にある書類は全て、印を押された状態で綺麗に整頓されている。他の者の机は現在進行形で片付けている最中なのもあり、余計に多く見える。


「それで、尖兵を斃した感想は? 眷属共と比べれば大したことのない雑魚ではあるが、神威を持たぬ身で相対したのは厳しかっただろう」

「陛下、せめて彼らに休息を……」

「休息なぞ勝手に取ればよいだろう。自己管理ぐらい自分でせよ」


 そう言うと、文官たちは頭を下げて、そそくさと退室していった。

 話が終わる頃には、部屋に戻ってきて仕事を再開するのだろう。


「さて……どうだった?」


 果実を投げ渡されたセナは、その質問の返答を考える。

 厳しい戦いだったのは事実だが、女神のバフのお陰でHPを削れるようになり、【規則の聖痕】で権能を封じたことで最後の本体も無事に斃せた。


 結局のところ、セナ一人の力ではどうにもならなかっただろう。

 アレに勝てたのは従魔たちの尽力と、なにより『使徒化』の影響が大きい。


「……強かったです。女神様が助けてくれなかったら、勝てませんでした」

「そうか、強かったか」

「むぐむぐ……もっと食べたい」


 セナが返答する傍らで、いつの間にか渡された果実を頬張っているレギオン。しかもお代わりまで所望する厚かましさだが、ヴィルヘルミナは三つほど纏めて放り投げた。


「えと……」

「構わぬ。余一人で平らげるのもつまらぬのでな。欲しいならくれてやる」

「らー♪」


 ラーネも囓って食べ始めたので、セナも一つ貰う。

 見た目は普通のリンゴだが、一口囓るだけで甘い果汁が溢れ出してくる。だが、ほどよい酸味が中和することで甘ったるいとは感じない。


 ただ……やはりセナには必要のない食事だった。

 携帯糧食より食べやすいし水分補給にもなるが、ゲージの回復量がいまいちなのである。


「セナ」

「んぐ……はい」

「アレを理不尽だと思ったか? いくらなんでも強すぎやしないかと」

「……はい」


 意図は分からないが、実際その通りなので肯定するセナ。


「ならば、貴様はまだ本当の理不尽を知らぬな。あの程度の雑兵如き、斃せなくては使徒になれぬぞ」


 だが、ヴィルヘルミナはそんなセナに厳しい現実を突きつけた。


「尖兵は奴らにとって、替えのきく駒に過ぎん。雑兵如きに使徒が手こずっていては恥を晒すようなものよ」


 椅子から立ち上がり、彼女はそのまま部屋を出る。


「ついてまいれ。余が本物の理不尽を見せてやろう」


 先導するように歩くヴィルヘルミナは階段を下り、更に地下へと歩を進めていく。

 一体どこへ行くつもりなのか、灯りの乏しい地下通路を下り続けて十数分。ようやく勾配が無くなったかと思うと、とても広い空間に辿り着いた。


「陛下、何をなさるおつもりですか?」

「すぐに分かる。用意は?」

「出来ております」


 この空間で待機していた帝国軍人の一人の後ろには、両腕を縛られた状態で猿轡を噛まされた男たちが檻の中に入れられている。

 彼らが何者なのかというと、エーデリーデ王国の騎士だった者たちだ。国境で起きた小競り合いの末に、捕虜として地下監獄に囚われていたのだ。


「さて……捕虜は身代金と交換する形で祖国へ返還するのが慣わしではあるが、貴様らの親族は貴様らを取り戻す気は無いらしい。身代金の支払いが無い以上、貴様らを生かしておく必要も無いのでな……処分することにした」


 曰く、国家間の戦争や紛争で生じた捕虜は、兵士の飯の種になるらしい。半分は国庫に、残りは捕虜を捕まえた者のお金になる。

 身分の高い貴族を捕虜にすれば一攫千金も夢ではないのだ。


 しかし、どうやらここにいる彼らは身代金を払ってもらえなかったようだ。つまり捕らえておく意味が無い。

 適当な場所に釈放して盗賊になられても困るため、このような場合は処刑するのが一般的と説明される。


「とはいえ、ただ処分するのもつまらぬ。故に、余が遊んでやろう」


 闘技場のような空間の中央に立ち、ヴィルヘルミナは捕虜たちに語る。


「余はここから動かぬ。腕も動かさぬ」


 何を言っているのかと、捕虜たちの間に動揺が走る。一方で、メルジーナたち帝国軍人は呆れたように肩を竦めるばかり。諫める者はいない。


「来い。余に傷を負わせられたなら、祖国へ帰してやろう。駄賃付きでな」


 縄と猿轡を外され、自由に動けるようになる捕虜たち。出入り口には完全武装の軍人が固まっているため、特攻するしか彼らの生きる道は無い。

 さすがに残酷すぎないかと思うセナだが、よくよく考えればこれはゲームだし……と静観することにした。

 ヴィルヘルミナの云う本物の理不尽にも興味があるため、もう観戦する気でいる。


「ふざけやがって……っ!」

「なり損ないのくせに、生意気な……」

「どうする……殺るか……?」

「鈍った体でも、棒立ちの亜人ぐらいならやれるだろ」


 捕虜たちは自由になった途端、差別用語を交えながら作戦とも言えない作戦を組み立て始めた。

 支給された武器は見てくれの悪い剣や槍だが、殺傷力が残っているので彼らの自信を支える手助けになっている。

 誰も生き残ることは出来ないと知らずに……。

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