124.不意の遭遇
リブーロ家の面々が去った後、セナたちは特務部隊と一緒に帝都に戻ることになた。皇帝が呼び出したのだから断ることは出来ない。
セナはその前に選定の剣について訊ねてみたが、得られた情報は思っていたより多くなかった。
曰く、選定の剣は邪を討つ勇者を見いだすのだと云う。選定の剣を手にした勇者は必ず、邪神の尖兵あるいは眷属を討滅したとされている。
泉の精霊はその選定の剣を守護し、次代の勇者へ託すための存在ではあるが……アグレイア王国が栄えた頃には勇者は現れなくなっており、泉の精霊は意味の無い役目に縛られ続ける憐れな存在となってしまった。
「……アレの製法を、此は知らない。知ろうとも思えない。犠牲が無ければ邪を討てぬ武器なぞ、此らは認めない」
「犠牲……」
泉の精霊か、それとも勇者自身か。
ともかく、選定の剣は何かしらの犠牲が無ければ真の力を発揮できないらしい。
それに、邪神の大半は秩序と混沌の神々によって遥か彼方の次元に追放されており、残りも打ち倒されている。尖兵や眷属も封印されているので、剣が果たすべき役目も無いのだ。
「――此が知っているのは、このくらいだ」
そして、黄衣を翻して精霊は姿を隠す。物理的な肉体を持たない故に、精霊は一切の痕跡を残さずに身を隠せるのだ。
そろそろ行きましょう、とメルジーナが促し、セナたちは移動を始める。
道中は特務部隊のお陰で平穏であり、夕暮れ前には帝都へ着いた。
街灯があっても日の差さない夜は暗い。普通なら翌日に改めるべきなのだが、メルジーナはそのまま城へと足を進める。
特務部隊は城の前で解散したので、城の中に入るのはメルジーナとセナ、そしてセナの従魔たちだけだ。
「――あ?」
廊下を歩いていると、正面から悠々と歩いてきた男と遭遇する。
シックな黒い革ズボン、足首の部分が金属で補強されているブーツ。腰からは獣の皮のようなものが数枚垂れ下がっている。
胴体には衣服代わりの包帯が雑に巻かれており、入れ墨の入った腕は何も装備していない。
「狂信者じゃねぇか。やっぱお前もこっちに来てるよなぁ!」
三魔神の一柱を信奉し、第二回公式イベントで二位になった男。以前とは少し風貌が異なっているが、間違いなくキルゼムオールである。
「あのアナウンス聞いたぜ。尖兵を斃したんだってな? まだ100になってねぇってのに、やるじゃねぇか!」
威圧感のある顔で話しかけてくるキルゼムオールに怯え、セナはついレギオンの背に隠れた。
NPCならともかく、プレイヤー相手だとぼっちを拗らせているせいで真面なコミュニケーションを取れない。
セナ自身がしっかりと心の準備をしたうえで、勇気を振り絞ったのなら、話しかけることも出来ただろうが……一方的にあれこれ言葉を投げかけられるのは苦手なのだ。
「つか、いつの間にか数増えてんな……。その鉢植えも従魔か? なんつーか、弱そうだな」
「む、ラーネは弱くない」
「ラーネ……クッハ! アルラウネかそいつ! 安直だなぁおい!?」
イベントで彼に勝利したセナではあるが、それは彼が自決したが故の勝利であるため、完璧な勝利とは少し違う。
一手でもしくじっていれば、もしかすると勝利していたのはキルゼムオールだったかもしれない。
そんな考えと、純粋に背が高くて怖いのもあって、セナは一言も発さず気配を極限まで消している。
「……なあおい、だんまりはねぇだろ」
「マスターはたまに変になる。でもレギオンが守るから大丈夫」
「それは大丈夫なのか……?」
訝しむキルゼムオール。
セナを守るように大人レギオンが被さり、少女レギオンが腕を広げて立ち塞がっている。
「ハッ、まるで獣の親子だな! けど、そんなちゃちな威嚇じゃあ……俺は引かねぇぞ?」
一歩踏み出したキルゼムオールとレギオンが、バチバチと視線を交わし睨み合う。
武器を手にしていないが、それでも彼はレギオンに痛打を負わせるぐらい出来るだろう。
「――それ以上続けるのなら追い出しますよ」
さすがに城の中で戦われてはたまらないのか、メルジーナが間に入って止めた。
彼女の実力はキルゼムオールも理解しているらしく、剣呑な雰囲気を引っ込めて大人しく引き下がる。
「お二人は顔見知りなのですか? それとも……」
「一度殺り合った仲だ。あの時は負けてやったが、次は俺が勝つから覚悟しとけ狂信者」
「……次もマスターが勝つ」
「クッハ! んじゃあ、なおさら牙を研がねぇとなあ! 手始めに……俺も尖兵ぶちのめすかぁ?」
そう言いながら彼は去って行った。
今のセナのレベルとほぼ同じ程度の彼ならば、有言実行できてもおかしくない。
それに、もし彼が【邪神の尖兵】を討伐すれば、レベルを追い越される可能性だってある。
「(……追い越される前にレベル100にならないと。次のイベントもPVPだったら、負けちゃうかもしれないし)」
一言も発していなかったが、彼の挑発的な言動はちゃんと聞いていた。
反射的にぼっち属性を発揮していたが、セナ自身意外に思うほど冷静に思考することが出来ていたのだ。
「……まったく。傲岸不遜なのは皇帝陛下だけで十分なのですけどね」
頭を軽く振るい、メルジーナは改めてセナを皇帝の下へ案内する。
不意の遭遇ではあったが、次のイベントに向けて自分を鍛えるという目標を追加で立てる程度には、セナは彼をライバル視している。
レギオンも売り言葉に買い言葉と、ある程度の敵愾心を持っているようで、また戦うことがあれば叩きのめそうとするだろう。
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