123.諍い
「――ええい、特務部隊といえど我が領地で好き勝手させられるものか!」
「任務ですので」
ダンジョンを脱出したセナたちが目撃したのは、二つの集団の諍いだった。
片方は騎士が率いる帝国軍人の集団、もう片方は帝国らしくない鎧を着込んだ集団だ。
「このダンジョンの所有権はリブーロ家にあるのだぞ!?」
「だとしても、特務部隊の任務が最優先されるのはご存じでしょう」
「ぐっ……!」
そのうちの一人、見覚えのある騎士は毅然とした態度で立っている。軍人たちは関所にいた軍人よりも格好のいい衣装なので、おそらく特務部隊の人員なのだろう。
鎧を着込んだ集団はリブーロ家の私兵なのだろうが、オロオロとしているばかりで強そうには見えない。
「こうなったら無理やりにでも……む、ようやく出てきたか犯罪者め!」
すると、リブーロ家の私兵たちに槍を向けられるセナ。
特務部隊相手ならともかく、ただの冒険者――素性の知れない少女には躊躇せず槍を突きつけられるらしい。
「(なにか悪いことしたっけ……?)」
セナはレギオンと顔を見合わせ、首を傾げる。
ドゥマイプシロンの時とは違って、今回は何も騒動は起こしていないし悪いこともしていないはずだ。
「リブーロ家が所有するダンジョンに無断で侵入し、あまつさえ破壊行為を行うなど断じて許せん! 領法に則り極刑にしてやる!」
「……リブーロ卿、彼女は皇帝陛下の客人です。それと、ダンジョンは破壊されたのではなく崩壊したのです。混同しないようお願いします」
「ぐ……、しかし、そもそもそいつが侵入しなければ何も起きなかったはずなのだ!」
どうやら、勝手にダンジョンに侵入したことで咎められているらしい。
しかもセナがダンジョンを破壊したのだと決めつけている。実際は【邪神の尖兵】が封じられており、それが封印から目覚めたことで崩壊したのだが、当事者以外には知る由も無いことだ。
メルジーナが率いる特務部隊と、リブーロ卿が率いる私兵集団。すでに険悪な雰囲気を漂わせているが、更に口論が激化すれば衝突する可能性もある。
「――遅かれ早かれ、封印は解けていた」
そこに、セナたちではない第三者が口を挟んだ。
「ん……?」
「らー?」
すぅっ……と、どこからともかく現れた黄衣を纏う男は、両者の間に割り込んで話を続ける。
「……ここには元々、戦神の槍が突き立てられて、いた。此が宿る大岩ごと、尖兵を貫いて。……それも数千年前の話。今となっては、封印だけ残して朽ちているが……邪神の尖兵は、封じられ続けていた」
そこで、男はちらりとセナを見る。
「混沌の神の寵愛厚き者よ……名乗りが遅れた、な。此は大地の、精霊。封印を監視する役目を、与えられていた……」
「…………あっ!」
言われてようやく思い出す。自分は精霊に会うためにここにやってきたのだと。
選定の剣についての情報を集めるためにこの地を訪れたというのに、唐突に邪神の尖兵と戦う羽目になってすっかり忘れていた。
「遅かれ早かれ、ここは崩壊し尖兵は外へと這い出た、だろう……。内部で斃せただけ、僥倖だ」
彼はそう言うと、セナの肩に手を置いて小さく囁く。「アレを斃したこと、此らは感謝している……」と。
「――いや、いいや! その話が本当だとしても、無断で侵入した事実は変わらん!」
「なら、我々特務部隊とやり合いますか?」
剣の柄に手を置いたメルジーナが一睨すると、私兵たちは思わず一歩後ずさる。
「い、いくら特務部隊とはいえ、他家の兵士を威圧するなど――」
「許されない、ですか? 我々の実力はよくご存じでしょうに」
彼女が一歩踏み出せば、リブーロ家の面々は数歩後ずさった。張り合ってはいるが、特務部隊の実力と恐ろしさは重々理解しているのだろう。
それに、彼らを率いているメルジーナは騎士である。帝国軍人の中でも特に優れた実力を誇るだけの特務部隊員より遥かに強く、その気になれば一人で一個師団を鏖殺することも出来る実力者だ。
「……文句は、ありませんね?」
「っ、覚えていろ!」
実力行使をちらつかされれば、これ以上うだうだと文句を垂れる気にはならないらしい。
顔を青くしたリブーロ家の面々は捨て台詞を吐いて去っていく。
「ふぅ、やっと帰ってくれましたね」
「予想以上に頑固ッスね、奴ら」
「尾行して始末しますか?」
「それは正当性が無いからだめよ」
「いっそ武力行使になれば楽なんだけどねぇ」
私兵たちの姿が見えなくなると、特務部隊の隊員たちはきちっとしていた雰囲気を崩し、伸びをしたり愚痴をついたりし始めた。
「セナ様、皇帝陛下がお呼びです」
「あの、それよりも、なんでここにいるんですか……?」
「邪神の尖兵が現れたからです。皇帝陛下は私に、部下を率いて様子を確認し、場合によっては討伐せよと命じられました」
メルジーナは自身がこの場にいる経緯を説明する。
皇帝であるヴィルヘルミナは、自国の領土内に邪神の尖兵が現れたことに危機感を覚えたらしく、特務部隊の隊長であるメルジーナは可及的速やかに部下を招集してやってきたそうだ。
しかし、あの皇帝であれば単独で尖兵を斃すことも出来そうだが……とセナは思う。
本当に危機感を覚えたのなら、一人でやって来て斃して帰るぐらいはやりそうな人物なのだ。
そうではなくメルジーナを派遣したということは、人の手で対処可能だと判断したからに違いない。
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