120.イーヴィルゴッド・アトローシャス その四

「――《ペネトレイトアロー》!」


 三つ目、四つ目、と順調にゲージを粉砕し、とうとう最後のHPバーへと突入する。

 

 意外なことに、第三段階と第四段階で行動パターンが変化することはなく、【邪神の尖兵】はダンジョン外へ出ようと登り続けるばかりであった。

 放たれる攻撃もそこまで苛烈ではなく、無傷で切り抜けることが可能なぐらいだ。

 それはもう、不気味なぐらいに。


「(この調子なら……っ!)」


 すでに四〇層を超えてしまっているが、今のペースを維持出来ればなんとか討伐は可能だとセナは考える。

 蠢く触手を切り飛ばしたり、《ボムズアロー》や《ペネトレイトシュート》でダメージを与えつつ、《プレイグスプレッド》を挟むことでデバフを切らさないようにする。


「――ギギギキキィ……!」


 だが、そう上手くはいかない。

 残り八割に差し掛かったところで、【邪神の尖兵】は突如として動きを止めたのだ。

 頭部の役割を担う触手が鎌首をもたげ、最後の能面を不気味に歪ませる。


 何かをする前兆だと察したセナは、即座に火力を集中し、少しでも多くのHPを削ろうとDPSを無理やり上げる。

 苛烈な攻撃を叩き込み、できうる限りの手段でダメージを与えた。


「あと五……っ!」


 しかし、残り五割に到達すると能面が独りでに砕け、その内側から腕のようなものが突き出した。

 その真っ黒な腕の持ち主は割れた能面の内側から這い出てきて、【邪神の尖兵】を吸収し始める。


 ……否、これこそが本来の尖兵の姿。


《――イーヴィルゴッド・アトローシャス:【邪神の尖兵】の封印が完全に破壊されました》


「――G)$E、B$DY」


 セナの聞いたことが無い言語を発した人型は、【邪神の尖兵】の名称を引き継いだものの、HPゲージは満タンであった。

 ゲージ数まで回復していないのは、運営の良心だろうか。


「BSF、WG&$、TED……ガHシ($。リ、カイ……」


 形態が変化しても戦闘は続いている。

 セナは問答無用で攻撃をしていたのだが、人型は達人並みの徒手空拳で遠距離攻撃を防ぎ始めた。

 しかも、少しずつ言語を学習しながらだ。


「てきおう、完了……」


 ほんの数分でこの世界の共通語――プレイヤーは翻訳機能で日本語に聞こえている――を学習したらしい人型は、無貌の中で燃えるように浮かぶ三眼を歪ませ、セナへと問い掛ける。


「我が神は、贄を求めて、いる。貴様に、身を捧げる喜び、を与えよう」

「嫌ですけど。さっさと斃されてください」


 言葉は学べても常識は学べなかったらしい。

 人間の生贄を求めるのは邪神らしいが、セナは“猛威を振るう疫病にして薬毒の神エイアエオンリーカ”の信徒である。

 他の神に、況してや邪神なんかに鞍替えするような精神なぞ持ち合わせていない。


「(これは女神様の力じゃないからあまり使いたくなかったけど……必要になったからね。仕方ないかな)レギオン、切り札を切るからそれまで攪乱お願い」

「ん、分かった」


 螺旋階段の上に降り、弓掛の上から手の甲を擦ったセナは、少し複雑な気分を覚えながら切り札を発動する。

 人間並の体躯でボスモンスターのステータスを発揮し、しかも達人級の徒手空拳まで扱える敵なのだ。

 多少の躊躇いなら簡単に振り切ってしまえる。


「【規則の聖痕】、対象指定」


 特殊装備品として装備しているこれは、シャリアの魔塔で手に入れていた装備だ。

 シャリアが扱っていた規則の権能を便利に感じ、その力を込めて貰っていたのだが、女神様の加護があるのにこれを使うのは憚られたため、使わないようにしていたのである。

 使う機会が無かったとも言う。


「範囲指定……邪神の権能を禁じる!」


 セナは一つの効果に一〇回分全て重ね合わせることで、本来ならば効果の及ばない対象でも規則を押し付けられるようにした。

 大量のMPを消費した甲斐あって、【邪神の尖兵】は著しい弱体化を受けることになる。


「ギ……この力、は……! 脅威認定、排除ッ!」


 さすがに邪神の権能を封じられるのは嫌なようで、血相を変えて飛びかかってくる【邪神の尖兵】。

 しかし、その動きは精細を欠いており、達人並みだった腕前は見る影も無い。


「《プレイグスプレッド》!」

「グギィ……!」


 自分の姿を隠すために使った《プレイグスプレッド》だが、『使徒化』によって凶悪な効果に変貌しているのを覚えていたようで、【邪神の尖兵】は忌々しげに飛び退いた。


「――《クリティカルダガー》!」


 だが、セナは歩法を用いて姿を眩ませていたため、煙幕をいくら注視していても見つけることは出来ない。

 背後から斬りつけられ、【邪神の尖兵】は片腕を失うことになった。


「脅威更新……ッ! 我が神への贄に、相応しく、無いッ!」

「わたしは邪神なんかどうでもいいし、贄になんてしたら女神様が黙っていませんよ」


 傲慢な物言いにも聞こえるが、実際セナはエイアエオンリーカのお気に入りであり、生贄にしようとすれば容赦の無い制裁が邪神を襲うだろう。


「(レギオン、ラストスパート掛けるよ)」


 《思念伝達》でレギオンに指示を出し、セナは矢筒からもう一つの切り札を取り出した。

 それは魔力に変換して矢筒に記憶させた魔法の矢であり、一つ取り出すだけでそれなりのMPを消費する。

 その消費量は通常の矢と比べればおよそ一〇〇倍だ。


「(残りは七割から八割……欠損で二割ぐらい削れたから、レギオンが全力を出し切る前に斃せるかな)」

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