119.イーヴィルゴッド・アトローシャス その三
女神の手助けもあって、一ゲージ目はすんなりと撃破できた。
能面が一つ砕け、次のHPバーへと移行する。
エイアエオンリーカが掛けたバフは、神威未修得のセナでも【邪神の尖兵】を打ち破れる力を与えた。
本来ならば、神威が無ければまともにダメージが入らない仕様なのだが、女神パワーで理不尽に突破している。
「ギギ、キ……!」
能面を砕いたセナは、そのまま攻撃を続ける。
これまでのボスとは違って、【邪神の尖兵】は複数のHPバーを抱えているため、一つ目を撃破しても安心は出来ない。
むしろ、攻撃が苛烈になるのでより一層注意しなければならない。
「キキキギキ……」
第二ゲージ、【邪神の尖兵】が最初に取った行動は、フィールド全域への全体攻撃だった。
AOEが辺り一帯を埋めつくした次の瞬間には、回避も防御も不能な攻撃がセナたちを襲う。
「(これは……魔法!? でも、ポーションで回復は間に合うね)」
属性が存在しない故に、どの属性耐性にも左右されない魔法。
ただ、『使徒化』が無くても耐えられる程度の威力なのは、回避手段が存在しないからだろう。
「ギギギ……!」
【邪神の尖兵】は更に触手を激しく動かし、無差別に攻撃を行う。
更に幾つかの触手の先端が光ると思うと、そこから放射状にAOEが発生した。しかも時間差で着弾地点からもAOEが発生したため、普通なら攻撃する暇が無い。
だが……今のセナは過去一絶好調である。
華麗な身のこなしで回避し、ほんの僅かな猶予を活用して攻撃に転じていた。
ラーネのバフに、『使徒化』、そして【邪神の尖兵】の弱体化。これらによってDPSはかなり高くなっている。
「これで、二ゲージ撃破っ!」
一〇分足らずで二ゲージ目をブレイク、第三段階へと突入する。
すると、【邪神の尖兵】は触手をのたうち回らせ、亀裂から這い出ようと藻掻き始めた。
あまりにも異形なので判別しづらいが、これまでは上半身しか出ていなかったらしい。
人のような胴体、足の代わりに三本の触手。それは、ある存在にとてもよく似ていた。
這い寄る混沌、暗黒のファラオ、闇をさまようもの、血塗られた舌の神、シュグオラン或いはシュゴーラン、クルーシュチャ方程式……。
貌が無い故に千の貌を持つとされる邪神、クトゥルフ神話に於ける名を――ナイアルラトホテップ。
【邪神の尖兵】はあくまでも分霊であり、邪神そのものではない。
だが、分霊は元の神の劣化ではなく、そっくりそのままコピーしたような存在でもあるため、主たる邪神に似た姿を持つのだろう。
つまり、セナが相対しているこの尖兵は、血塗られた舌の神に酷似した姿をしているのだ。
「っ、瓦礫が……!」
だがモチーフはどうでもいい。元ネタが何であろうと、この世界ではこの世界の設定がある。
【邪神の尖兵】は【邪神の尖兵】であり、ナイアルラトホテップではないのだ。
「レギオン、上に退避するよ!」
全力殲滅形態のレギオンに捕まって、セナたちは最下層を離れるように飛行する。
亀裂から抜け出した【邪神の尖兵】の全長は数十メートルあり、立ち上がるだけで飛翔しているセナたちを追い越した。
そして、腕と思われる部位を、壁と螺旋階段を破壊しながらセナたちに目掛けて振るう。
破壊不能であるはずのダンジョンを破壊できるのは、【邪神の尖兵】だからだろう。
「む、その程度の速度じゃレギオンは捕まらない」
しかし、俊敏な動きで回避したレギオンは、お返しとばかりにその腕を切り刻む。影から刃を形成して振り回したのだ。
セナも矢を番えて、高威力のアーツを連打する。
「らー……」
「……バフが無くなるのはちょっと、拙いかな」
ラーネがMP切れを起こしたが、自分が装備していた魔宝石アクセサリーを二つ渡すことで、再びバフを掛けさせる。
DPSを維持するために、バフは少しでも多い方がいい。
「って、なんで登ってくるの!?」
攻撃を続けていると、【邪神の尖兵】が上に向かって登り始めていることに気が付くセナ。
三本の足を壁に突き刺し、腕で螺旋階段を掴むことで少しずつ上層へと移動しているのだ。
「(HPが少なくなったから……? 総量の半分も削ったから納得は出来るけど、ダンジョンボスがダンジョンから出ようとするなんて)」
そこで、セナはアナウンスの内容を思い出す。
【邪神の尖兵】は第一〇〇層の封印が崩壊したことで出現したと。そして、眼前の個体が出現したことによって各地のいる【邪神の尖兵】の封印も緩んだと。
「(じゃあこれは……元はダンジョンボスじゃなかったってこと!?)」
このダンジョンに封印され、後天的にダンジョンボスとなった存在。
普通じゃありえないが、そもそもこのゲームは世界観を保つための要素があまりにも多い。
この尖兵は、封印という名目で存在しているのではなく、実際に封印されたからこそダンジョンボスになったのだ。
「レギオン、外に出る前にアレを斃せるっ!?」
「もう
女神様にこれだけお膳立てをしてもらっているのに、アレをダンジョン外に出すなんて失態は犯せない。
『使徒化』もいつまで続くか分からない以上、早期決着を急がなければならないだろう。
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