118.イーヴィルゴッド・アトローシャス その二
【邪神の尖兵】が出現して一〇分が経過した。
残念ながら、この一〇分間でセナが与えることが出来たダメージは一つ目のHPバーの二割程度だった。
《クルーエルハンティング》による欠損付与効果しか有効打にならないのだから、これは仕方の無いことである。
そもそも、【邪神の尖兵】はレベル100未満のプレイヤーがソロで挑む相手ではない。
運営の――デルタの想定では、神威を修得したプレイヤーにレイドを組んで挑ませるつもりだった。
最低でも六名、神威を修得したプレイヤーがいることを前提にしている。
なぜなら、邪悪なる神々の分霊である【邪神の尖兵】は、レベル換算で500ものリソースが込められているからだ。
それに、【邪神の尖兵】は神格と同じ規格を基に創られている。
レベルが0と表記されているのもこれが理由だ。
神々はレベルによる成長をしない。最初から備わっている権能と、信者から捧げられる信仰によってリソースを増やす。リソースが増えれば神格は強化され、それに伴い権能も強化される。
【邪神の尖兵】はステータス面にリソースが割り振られているのもあり、神威無しで挑むのはかなりの無謀だ。
「(ダメージが殆ど入らないのは、欠損した部位が小さいからかな。でも……)」
すでにフィールドは無数の瓦礫によって埋め尽くされている。瓦礫の上を器用に走り抜けながら、セナたちの戦いは続いていく。
「マスターは傷つけさせない!」
欠損によるダメージ以外は身代わりによって無効化されるが、レギオンの猛攻は五秒に一体のペースで身代わりステータスを斃していた。
レギオンが取り込んできた数多のモンスターが保有していた特性、捕食によって獲得したスキル。それらをフル活用して攻撃に転用しているため、DPSはセナの数倍もある。
「――レギオン・
このDPSを維持するために、レギオンは自身の体を最適化させていた。
骨格の構成を弄り、細胞一つ一つの組成を弄り、様々なモンスターのメリットのみを詰め込む。更に、改造によって新しい部位すら作成していた。
「ギギギ……!」
ドラゴンブレスの仕組みを応用して造りだした
MP換算で毎秒一〇〇〇ものエネルギーを推進力のみに費やす改造は、レギオンに空中を猛スピードで駆け巡る性能を与えている。
「(
しかし、その代償としてレギオンは、群れを消費しなければならなくなった。
【テイマー】スキルの《自爆命令》のように、レギオンは
自爆によって生じるエネルギーを、燃焼機関を通して噴射機関に送っているのだ。
全力殲滅形態を維持できるのは長く見積もっても一〇分、以降は加速度的に性能が落ち込むだろう。
「(有効打は《クルーエルハンティング》だけ……悔しい。レギオンはあんなに強くなってるのに、わたしは……)」
一方で、【邪神の尖兵】に直接ダメージを与える手段が一つしか無いことに、セナは悔しさを感じていた。
従魔は――レギオンはセナを守るために、セナの役に立つために、全力殲滅形態という不完全だった切り札を土壇場で完成させたというのに、そのマスターである自分がこれでは情けないではないか。
《プレイグスプレッド》は通じず、狩人としての技術も通じず、《クルーエルハンティング》ですら微々たるダメージにしかならない。
悔しいと感じるには十分すぎる。
『……いいや、汝はよくやっているとも』
――だから、絶望する必要は無いと、手を差し伸べる存在がいた。
《――【■■■■■■■■■の神像】が神域と接続しました》
《――【女神の寵愛】を確認》
《――【邪神の尖兵】の存在を確認》
《――真名が開示されます》
《――神格:エイアエオンリーカが戦闘に介入しました》
「……女神、さま」
『……顕現はできないが、敬虔な我が信徒のためだ。それに、アレは我にとっても不愉快なのでな』
インベントリから勝手に飛び出した神像が自壊し、神域との繋がりを以て女神が奇跡を起こす。
顕現には至らなくとも、神聖な気配が辺りを埋め尽くした。太古の神格は、在るだけでその存在を誇示するのだから。
『……さあ、アレを斃しなさい』
邪悪なる神々の造物たる【邪神の尖兵】は、女神の介入によって著しく弱体化している。
脅威だった二重ステータスが瞬く間に消失し、レギオンの攻撃がHPを削り始める。
また、セナの簡易ステータスには『使徒化』というバフが表示されており、それによって一時的にレベルが引き上げられていた。
現在のレベル×一・五倍にまで引き上げられ、全ステータス及びスキル、アーツの効果もレベル相当に上昇する。
デメリットは一切無い。神が信徒に掛けたバフなのだから。
「……っ、《プレイグスプレッド》!」
驚いている暇はないと、再び疫病の珠を投擲したセナ。
最初は通じなかった疫病だが、『使徒化』のバフによってその効果も変質している。
自然界に存在する病を発生させ、範囲内にいる生物に感染させる効果だったのが、疫病という概念を押し付ける理不尽な効果になっていた。
たとえ無効化能力を保持していたとしても、病に罹ったという結果を押し付けることで、無効化能力を無効にする。
疫病という形で死を運ぶ女神らしい、とても理不尽なアーツと化していたのだ。
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