117.イーヴィルゴッド・アトローシャス その一

 それは巨大な怪物だった。

 亀裂から強引に這い出たせいで肉体の一部が裂けているが、周囲のグレーターデーモンを吸収することで傷を回復している。


 大まかな形状としては、人と樹木と悪魔を混ぜ合わせて冒涜的に仕上げたような形だ。

 このダンジョン内に出現したグレーターデーモンの特性も合わせ持っているのか、一部は粘性生物のようにどろりと蠢き、一部は不可思議な装甲を纏い、一部はピンク色の触手で置換されている。

 そして頭部に当たる部分は、いくつもの能面が張り付いた黒い触手となっていた。


「……ギギ、キ、ギ」


 ぎこちない動きで能面触手が鎌首をもたげる。それはワイヤーが擦れるような声を上げながら、能面の一つで不気味に嗤う。


「(レベルは……ゼロ!?)」


 だが何よりも不気味なのは、表示されているレベルが0であることだ。

 オーバーフローしたのか、それとも偽装か。恐らく後者だろうとセナは考える。

 HPバーは五本。触手に張り付いた能面と同じ数だけあることから、能面とHPバーは対応しているのだろうか。


「レギオン、全力攻撃!」


 セナは指示を出しながら、《プレイグポイゾ》と《マナエンチャント》を使用した自爆コンボで兎たちを投げつけた。

 従魔の自爆は【邪神の尖兵】に直撃し、大きな爆炎を伴ってダメージを与える。


「(まずは様子見……分かりやすく減ってくれれば楽なんだけど……)」


 この自爆攻撃で減少するHPの量から、相手がどの程度のHPを保有するのか見極めるため、セナは【邪神の尖兵】のステータスを凝視した。


「……嘘でしょ」


 けれど、セナの予想は悪い意味で裏切られる。【邪神の尖兵】のHPは一ミリたりとも減っていなかった。

 ダメージが発生したのは間違いないが、それが全く反映されていないのである。


「マスター……」

「っ、大丈夫。タネは分かったから」


 どうやって突破するかは置いておいて、からくり自体は注視していれば分かるものだった。

 ダメージが入った瞬間、【邪神の尖兵】のステータス表示がグレーターデーモンのものへと切り替わっていたのを、セナは視認していた。


 二重ステータス……恐らくは、取り込んだグレーターデーモンを身代わりに出来るのだろう。

 ただでさえHPの総量が多いというのに、身代わりでダメージを無効化するなんて無茶苦茶にも程がある。

 能面は嘲笑うように、その口角を上げていた。


「ら~ら~ら~♪」

「ラーネはそのままバフ、レギオンは攻撃を絶やさないで!」


 ギガントセンチピードを呼び出しタンク役として使いつつ、セナは従魔たちに指示を出して戦闘を進める。

 とにもかくにも、攻撃しなければ何も始まらないのだから。


 それに、身代わりで無効化されるといっても、取り込んだグレーターデーモンの数

以上は出来ないはずだ。

 亀裂は【邪神の尖兵】の巨体で埋まっているため、新たに湧いてくる可能性も低い。

 時間さえ掛ければ突破できると信じて、セナが懸命に矢を射った。


 だが、【邪神の尖兵】ばかりに注目するわけにもいかない。

 現在進行形で崩落が続いているため、頭上からの落石にも気をつけなければ、不意打ち判定で大ダメージを負う可能性だってある。


「《プレイグスプレッド》!」


 瓦礫の隙間を縫うように走り抜け、セナは疫病の珠を投げつけた。

 そして、偏差撃ちした矢で射抜くことで、確実に疫病を発生させる。


 神格級の怪物に疫病が効くかは不明――グレーターデーモンは高い耐性を有していたため通じないだろう――だが、試さずに判断を下す必要は無い。

 通じればよし、通じなくとも煙幕代わりになる。


「(問題は……通じたとしても、状態異常まで身代わりに移せるのかどうか)」


 セナの得意な戦闘スタイルは、状態異常で相手の妨害をしつつ一方的に攻撃を与えることだ。

 《クルーエルハンティング》による欠損付与も、状態異常として扱われている。


 なので、状態異常が通用しない相手との戦闘は、手札を半分封じるハンデを負った状態に等しい。


「ギギ、キシ……!」


 【邪神の尖兵】は醜悪な声で嘲笑いながら、触手を振り回す。

 最悪な予想通り、身代わりを使わない程度には疫病への耐性があるようだ。

 それでも鬱陶しいらしく、鞭のように振り回している触手で疫病を払いながら、落ちてくる瓦礫を破壊しながらセナへと振り下ろす。


 振り下ろされた触手は途轍もない速度で迫り、勘頼りの回避をしていなければ瓦礫諸共叩き潰されていただろう。


「マスター!?」

「あっぶな……」


 これにはレギオンも焦りをみせ、大人レギオンが攻撃を中止してセナの護衛に回る。

 ギガントセンチピードは情けないことに、一回も耐えきれずに触手攻撃で消し飛んだ。


「っ、《クルーエルハンティング》!」


 攻撃は一回で終わらず、ピンク色の触手が何度も振るわれる。

 セナは横薙ぎに振るわれた触手の一つに短剣を翳し、アーツの効果によって切断された。

 そして、


「(ダメージが入った!)」


 バグった画面のように【邪神の尖兵】とグレーターデーモンのステータス表記が激しく入れ替わり、【邪神の尖兵】の方のHPバーが数ミリ減少する。

 かなり無法な仕様をしていても、肉体が欠損した際に生じるダメージは本体で受けるらしい。

 セナは、限りなく小さい可能性ではあるが、【邪神の尖兵】を斃せる方法を見つけたのだ。

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