121.イーヴィルゴッド・アトローシャス その五
――魔法の矢は希少な素材を注ぎ込むことで製作できる武器だ。
ただの【木工】スキルでは扱えず、【木工師】でも相当な熟練度が無ければ成功しない。
よしんば製作に成功しても、使う道具が悪ければ最低品質になる。
セナはこれらの条件をギリギリ達成しているだけなので、製作できたのはたったの三種類だけだった。
それも、たくさんの失敗を重ねたうえでの成功だ。
「(外したら他のアーツを継続が難しくなる。確実に、当てないと)」
MPの残量から各アーツに必要なMPを差し引いても、この矢を取り出せるのはあと一回が限度。
戦闘時間が長引く可能性を考慮すればそれすら不可能だ。
「ギィ…………」
矢を番えるセナに対し、【邪神の尖兵】は警戒を顕わにしている。
権能を封じられた尖兵に残っているのは、素のステータスと主である邪神からの指令のみ。
【邪神の尖兵】は権能によってスキルを擬似的に獲得しているため、セナが敷いた規則によって致命的な弱点になってしまったのだ。
「――点火っ!」
次の行動を予測し先手を打つための睨み合いは、三人目の行動によって強制的に終わる。
レギオンが自身の
レーザーもかくやの勢いで放たれた炎は瓦礫を溶断し、階段を断ち、壁を裂く。
封印が破壊されたことによってダンジョン自体が崩壊の一途を辿っているため、高火力であれば傷を付けられる程度に強度が落ちているのだ。
「この、程度……!?」
「レギオンを甘く見ないほうがいい」
そこへ、大人レギオンが追撃を仕掛ける。
密かに影を伸ばしていたレギオンは、瓦礫の隙間や階段の下にその手を伸ばしており、ひたすら頑丈で鋭い突起物の生成に尽力していたのだ。
宙に身を投げ出された【邪神の尖兵】は、全方位から無数の突起に襲われる。
「贄ですらない、駒ふぜい、が! 主の加護、を受けておきながら――」
「レギオンはレギオン。お前も邪神もどうでもいい。マスターのために、レギオンは生きている」
「ギギィ……ッ!」
人であれば即死する惨状でありながら、【邪神の尖兵】の生命活動は止まらない。
「レギオンは駒なんかじゃない。レギオンはマスターのレギオン」
「ぶっとべー!」
少女レギオンが腕部に生成した角で尖兵の腹を貫き、更に小さなレギオンを自爆させることで空中へと吹き飛ばす。
「……狩人は、冷静に、獲物を見定め狩り殺すこと。時機を窺い、チャンスをものにすること」
その先には、すでに狙いを定め終えたセナの姿があった。
彼女はジジの教えを口ずさみ、一切の感情を感じさせない冷徹さで指を離す。すると、矢は寸分の違いなく命中した。
「……ぁ?」
突き刺さった矢はしかし、一切のダメージを与えない。
呆気にとられた尖兵は、嗜虐的な嗤い声をあげながらその矢を手折ろうして違和感に気付いた。
自身の腕が、足が、その末端から崩壊していることに。
そして、自身以外の全てが静止した状態から変化しないことに。
……いや、これは走馬灯のようなものだ。死の瞬間を引き延ばし、その苦痛を味わわせる。
セナが使用した『崩壊の矢』は、状態異常で相手を殺す矢なのだから。
「――ギィィィィイイイイイッッ!!! 主よ、シュよォォォ! 権能を、権能を今一度ォ! 消えてしまう、キエテシマウ、我が主に与えられたチカラが、存在が! アリエナイ、人如きにィィィ……」
そうして、誰にも聞かれることの無い断末魔は響き続ける。
極限まで引き延ばされたいつかくる終わり。その最後の瞬間まで、【邪神の尖兵】は自身の消滅を観測し続けるのだ。
セナたちの視点では既に塵となって消えているので、本当に精神だけで苦痛を味わい続ける。
《――イーヴィルゴッド・アトローシャス:【邪神の尖兵】が討伐されました》
《――初討伐報酬として、参加者全員に【邪なる匣】が贈与されます》
《――貢献度一位報酬として、スキルオーブと【無貌の仮面】が贈与されます》
《――神格:エイアエオンリーカが経験値とドロップ品を接収しました》
《――神格:エイアエオンリーカによって【使徒化チケット】が贈与されました》
《――ワールドアナウンス》
《――【邪神の尖兵】が討伐されました》
《――以降、『巡り堕ちる勤勉の螺旋』跡地にて幻想体と戦うことが出来ます》
「…………あれ?」
ぱっとステータス画面を開いてみると、たしかにボス戦前とレベルが同じだった。
ドロップ品も入手できておらず、インベントリに増えたのは【邪なる匣】と【無貌の仮面】、スキルオーブに【使徒化チケット】だけである。
『……アレ由来の経験値とアイテムは、『使徒化』の対価として我が接収した。敬虔な我が信徒といえど、対価も無しに力を貸せないからな』
なんと、経験値とドロップ品は全て女神に接収されてしまったようだ。
だが、ボス戦のさなかに『使徒化』という強力なバフを掛けてもらった対価と考えれば文句は言えない。
「……女神様のお陰で、わたしたちは勝つことが出来ました。ありがとうございます」
『……感謝は不要だ。ただ、我の信徒に手を出されるのが許せなかっただけだ。我の力を借りずとも勝てるよう、より一層励むように』
「はいっ!」
元気よく返事をしたあと、神々しい空気は消え去った。
【規則の聖痕】によって敷いたルールも、【邪神の尖兵】が討伐された時点で解除されている。
「……マスター、脱出しないと危ない」
「そうだね。急ごう」
ダンジョンボスが消滅したからか、崩落はより激しくなっている。このままだと生き埋めルートまっしぐらだろう。
セナたちは急いで地上へと戻っていく。
何か忘れているような……、と感じながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます