115.冒涜的なアレ

 このダンジョンの攻略を開始して早三日が経過した。

 もはや数えるのも億劫だが、この螺旋階段を体感で五〇周は降りている。


 途中からレッサーデーモンの姿は見掛けなくなり、代わりに多種多様なグレーターデーモンとの遭遇回数が増えていた。

 それらは同じ種族なのかと疑うほど多彩な見た目をしていて、個体ごとに特性が異なるせいで斃すのに手間が掛かる。


「――《ボムズアロー》!」


 鼻の辺りからピンク色の触手が生えている巨大なヒキガエルが、その頭部を爆散させて倒れ伏す。

 その手に握る槍のせいでレギオンは少なくないダメージを負ったが、ドロップ品である完全遺骸を捕食することで失った群れを補充できるので、大きな痛手にはならない。


 セナが【無詠唱】スキルの効果によって唱える必要の無いアーツ名を、少しでも威力を上昇させるために口に出していることから、このヒキガエルのようなグレーターデーモンが脅威であったことが分かるだろう。


「これで、五種類? 全部グレーターデーモンって、おかしいよね……?」

「レギオンもそう思う。でも、因子は全部同じ」


 完全遺骸を捕食することで対象の因子を獲得できるレギオン曰く、見た目や性質が異なっていても全て同じモンスターとして扱われているそうだ。

 因子はそのモンスターを構成する情報であり、これを取り込むことが出来るレギオンだからこそ判明した異常さである。


 これまでにセナたちが遭遇したグレーターデーモンは全て、【悪魔之魔物】としてカウントされていた。

 レッサーデーモンを強化したような無貌の人型、ナイトゴーント。

 蟻、蜂、飛龍、腐乱死体を混ぜ合わせたような怪物、バイアクヘー。

 甲殻類のような鋏と脳のような頭部を持つ巨大な蝿、ミ゠ゴ。

 玉虫色をしたグロテスクな粘性生物、ショゴス。

 鼻先からピンク色の触手を生やしたヒキガエル、ムーンビースト。


 ……どれも、コズミックホラーな創作神話に登場する怪物と酷似している。

 クトゥルフ神話にそこまで詳しくないセナでも、正気度を削ってくる異形の怪物に立て続けに遭遇すれば、由来がなんなのかは薄々察しがつく。


「(このダンジョン、降りるにつれてモンスターの強さも上がってる。でも、グレーターデーモンの種類が豊富なせいで、レベル以上に厄介)」


 例えば、ミ゠ゴに酷似しているグレーターデーモンは、一定以下のダメージを無効化する装甲のせいで通常の攻撃ではダメージにならない。

 ショゴスに酷似している個体は物理攻撃を無効化し、高威力の魔法でなければ斃せないHPを持っていた。

 バイアクヘーは敏捷性が高く、宙を飛びながら鋭い鉤爪で攻撃してくるため、攻撃を当てること自体が難しい。


 他のグレーターデーモンもそれぞれ特性が異なっており、個体ごとに対処方法が違うせいで、レベル以上の難易度を構築していた。


「マスター、小部屋あったよ」

「らー……」

「休憩しよっか」


 休憩のために小部屋に入り、セナはインベントリの整理を始める。

 今更ではあるが、プレイヤーにのみ許された特権の一つであるインベントリは、ある程度自由に改造することが出来る。


 セナはよく使うアイテムを一ページ目に纏めており、投擲用の消耗品やポーション類がここに入っている。

 二ページ目には捧げ物用のアイテムを分けて纏めており、三ページ目以降はモンスターの素材だが、見やすくするために種類ごとに分別してあった。


 グレーターデーモンの素材は名称が同じでも中身は別物なので、有用かどうかで一つずつ整理していく。


「ら~ら~ら~」

「ふーんふふーん」


 セナがインベントリの整理をしている間、レギオンはラーネの歌声に合わせて上手くも下手でもない鼻歌を奏でていた。

 兎たちは精根尽き果て眠っている。


「――あれ?」


 そしてインベントリの整理を終えたセナは、ふと掲示板を覗いてみた。

 掲示板なんて普段は見ないが、暇を潰すためにホットな話題を軽く眺める程度の活用はする。

 だからこの話題を目にしたのは、本当に偶然だ。


「…………狂い月」


 掲示板では、ガンマリードで起きた災害について語られていた。

 夥しい量の血を纏った怪人が大暴れしたことで、街に甚大な被害が出たとプレイヤーたちは云う。

 これ自体はダンジョンを攻略中のセナには関係無い。

 ……だが、元凶には少しだけ関係があった。


 レギオンを生み出した生命教団、そのメンバーが持っていた人造魔剣。血を生み出し、使用者に力を与える、邪神の加護が溶け込んだ魔剣だ。

 証拠品の一つとして冒険者組合が回収したはずだが、どうやら破壊する前に次の持ち主が現れてしまったらしい。


「気にはなるけど、遠いしなぁ……」


 それに、もう終わった出来事でもある。わざわざクエストを中断してまでエーデリーデ王国に戻る必要は無い。

 魔剣自体は集まったプレイヤーたちによって破壊されたようなので、なおさらセナが関わる必要性を感じないのだ。


「(邪神関係で何か分かるかもしれないけど、女神様一筋だから別にどうでもいいし)……レギオン、生命教団の魔剣とか欲しい?」

「え、要らない……」

「だよね」


 創造主ではあるが、レギオンにとって生命教団はマスターではない。

 セナの手によって壊滅した有象無象が作ったガラクタなんて、レギオンは必要としない。


 しばしの休憩を終えれば、再びダンジョンの攻略に戻る。精霊を訊ねるクエストもまだ始まったばかりだ。

 『巡り堕ちる勤勉の螺旋』攻略は、四日目に突入する。

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