113.螺旋のダンジョン
――そこは、螺旋だった。
どこまでも深く続く螺旋階段。壁に埋め込まれた灯りのお陰で視界は確保できるが、底を覗き込んでも終わりは見えない。
幸いなことに、階段自体の幅が広いので油断しなければ落ちることはないだろう。
また、壁は神殿のような装いであり、柱や石像らしきモノが等間隔で配置されている。
それらは白い石材で統一されているが、この世界の神話を読み込んだセナでもモチーフが分からなかった。
「(もしかして、邪神?)」
秩序陣営でも混沌陣営でもない、本当の意味で悪とされる神々。
レギオンを生み出した生命教団が信仰していた“造命神”や“狂血神”のように、邪神の名称は二つの陣営の神々とは異なる。
セナはこのダンジョン内にある石像が、この邪神を象っているのではないかと考えた。
天井を見上げると、これまた奇怪な壁画が存在している。
それは、化け物としか形容しようがない異形の存在に立ち向かう者たちの雄姿であり……敗北の証明であった。
「(……死が、救済となることを祈る、か)」
最も目立つ位置に彫られた一文。
端から中央に向けて、螺旋を描くように壁画は連なっている。その最後に刻まれた一文がこれなのだ。
慰霊のための壁画なのか、それとも貶めるためのものなのか。
少なくとも、この戦いが神話で触れられていない以上、セナには判断しかねることだった。
「マスター、敵がいる」
「……うん、じっくり観察する余裕はくれないみたいだね」
リスポーン地点だろうと容赦はしてくれないらしい。螺旋を登って来たソレは、セナたちに敵意を向けている。
黒紫色のゴツゴツとした肉体、目鼻口すべてが欠如している無貌、耳の位置からつるりとした角が生えているソレは、レッサーデーモンと呼ばれているモンスターだ。
どこぞのコズミックホラーな神話を彷彿とさせるレッサーデーモンは、階段を登り切るとセナたちに目掛けて走り始める。
「《プレイグシュート》!」
「マスターには指一本触れさせない」
不細工な走り方だが速度はかなりのものだ。
セナは急所と成り得る喉に矢を射掛けるが、レッサーデーモンの皮膚は相当硬いようで、掠り傷しか負っていなかった。
しかも状態異常の効きが悪いようで、若干速度は落ちているが倒れそうに無い。
「レギオンの影は口、腹、腕……呑み込む!」
「……!」
だが、膨張したレギオンの影がレッサーデーモンを抑えこんだ。
影に質量は存在しない。しかし、レギオンの影は
溢れ出た無数の腕がレッサーデーモンを掴み、その動きを無理やりに止める。
そして……ゆっくりと、影の中へと引きずり込んでいく。
レッサーデーモンは抵抗するが、レギオンの膂力には敵わなかったようで、時間は掛かったが完全に呑み込まれた。
ただ呑み込むだけでは斃した判定にならないが、レギオンの影は口であり腹でもある。噛み砕き、捕食するための機能を備えている。
「(経験値は……レベルの割に多いかな)」
レッサーデーモンのレベルは60前後。セナと比べるとそこまで強くないが、格下にしては経験値の量が多かった。
ここが高難易度ダンジョンだからなのか、それとも悪魔系のモンスターは経験値が多いのか。
「また来る」
「次は三体だね。一体は受け持つから残りはお願い」
「任せて」
螺旋を描くこのダンジョンには区切りがないため、侵入者に気付いたモンスターは上へと登ってくる。
攻略のために奥へ進む必要があるが、奥から次々と敵がやってくるためキリが無い。
「(幸い、状態異常が効きにくいだけで無効にするわけじゃないし、欠損は簡単に通る。純粋にステータスが高いみたい)」
何体か斃したことで、セナはレッサーデーモンの特性に気付いた。
この異形のモンスターはどうやら、素のステータスが高い傾向にあるらしい。レッサーしか遭遇していないため上位のデーモンがどうなのかは分からないが、少なくともレッサーデーモンはレベル帯以上のステータスを保有しているだけだ。
つまり、そこまで脅威ではない。
効きにくいだけで状態異常は通るし、《クルーエルハンティング》による欠損付与は効果を発揮している。
三体までならレギオンだけでも一方的に抑え込めるので、しばらくは単調なレベリング作業になりそうだ。
「ラーネのレベリングにちょうどいいかもね」
「ら~♪」
後ろから歌ってバフを掛けるだけでも経験値が得られるので、レッサーデーモンが出てくるうちはラーネのいい糧になる。
兎たち自爆特攻要員の出番は、上位のデーモンが出現してからになるだろう。
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