109.ロンディニウム名誉子爵
さて、セナが帝都に来た本来の目的は、ロンディニウム名誉子爵に会うことである。
未だレベル100に届かないセナではあるが、そもそも神威がどのようなものなのかを知らない。
この世界の住人であるNPCたちでも、神威を使える者は限られている。
それはレベル100という制限からも分かるとおり、只人では辿り着けない領域にあるからだ。
だから、神威について調べようにも情報があまり無いのである。
ロンディニウム名誉子爵の屋敷まで案内を買ってでたメルジーナに、セナは訊いてみることにした。
長命種であるならば、レベル100というボーダーは超えているはずと考えて。
「たしかに私は神威を使えますが……セナ様が教えを請うならば、ロンディニウム卿の方が適任でしょうね」
メルジーナ曰く、騎士を名乗ることを許された者たちは全員神威を扱えるそうだが、信奉する神の陣営が違うため、メルジーナはセナの師匠になれないらしい。
「皇帝陛下も神威は会得していますが……あの御方は参考になりませんし、そもそも教えを請うこと自体が不可能ですね」
「参考にならないって、どういうことですか?」
「単純に、強すぎるのですよ。以前、戯れで特務部隊全員と模擬戦を行いましたが、魔法を使わずに身体能力だけで圧勝なされましたから」
「……ぇ」
セナの記憶が正しければ、そしてシャリアの言葉に間違いが無ければ、アグレイア七賢人は全員が魔法使いのはずだ。
いくら身体能力に優れた黒曜の民とはいえ、魔法使いが魔法を使わず軍隊に勝てるとは思えない。
「陛下は色々と規格外ですから……。他の七賢人の方々も、陛下と対等な勝負ができるぐらい強いと聞きますし」
そんな困惑を感じ取ったのか、メルジーナは呆れたような雰囲気でそう言った。
「(……あの人って、そんなに強いんだ)」
同じ七賢人であるシャリアと戦ったことのあるセナは、今更になって舐められていたことを理解した。
ヴィルヘルミナと対等な勝負が出来るということは、シャリアはそのとんでもない身体能力に対処できるということであり、つまりセナの攻撃が通じるはずなかったのだ。
試練だったことを加味しても、手加減に手加減を重ねたうえで舐められていたとしか言いようがない。
しばらく雑談をしながら歩いていると、メルジーナが足を止める。
「こちらがロンディニウム名誉子爵の屋敷です」
視線を向けるとそこには植物で覆われた門扉があり、格子の隙間から中を窺うと植物園のような光景が広がっていた。
色も形も様々な植物が咲き乱れており、そのどれもが最も美しい状態で保たれている。
「ロンディニウム卿、扉を開けていただけますか?」
貴族の屋敷なのに門番がいないなど不用心極まりないというのに、メルジーナは気にすること無く植物に話しかけた。
セナは彼女の正気を疑ったが、すぐに訂正することになる。
「蔓が……」
複雑に絡まっていた蔓が自然と解け、セナたちを招き入れるように重たい門扉を開いたのだ。
セナはメルジーナの後に続いて敷地内に足を踏み入れる。そして全員が敷地内に入ると、門扉は独りでに閉まった。
「どうやら、彼は庭にいるようですね」
植物たちが動いて屋敷の扉を封鎖した。それらは一本の道を形成し、主の下へと客人を案内する。
美麗な花を咲かせる植物で彩られた道を進めば、ジョウロで水やりをしている男の姿が見えてくる。
「――今日はいい天気、ですね……。こんにちは、ニアール卿……。エンジェルズウィングに比肩する美しさと、薔薇のような強さは衰えが無いようで……」
ピタリ、と動きを止めた彼は、気怠げな様子で挨拶の口上を述べた。
「こんにちは、ロンディニウム卿。本日はお日柄もよく、植物たちも生き生きとしていますね。慣れない修飾語は止めたらどうですか?」
「はは、やはり遠回しな修飾語は、面倒だ……。今日はどのような用事、ですか……?」
「紹介したい方がいまして。セナ様、彼がロンディニウム名誉子爵です。陛下から蝕騎士を名乗ることを許された強者ですよ。ロンディニウム卿、彼女は“猛威を振るう疫病にして薬毒の神”の信徒です。本日は神威についてご教授していただくために訪ねました」
貴族同士の会話に割り込む勇気がでなかったセナがおろおろしていると、メルジーナが紹介してくれた。
挨拶の時点で分かっていたが、彼がロンディニウム名誉子爵らしい。
彼はお世辞にも健康的とは言えない容姿で、服の上からでも筋肉があまりついていない体型だと分かる。
しかし、オールバックの銀髪が丁寧に整えられていることから、身嗜みについては彼なりに気を遣っているのだろう。
セナが国境の砦で受け取った紹介状を渡すと、彼は封を開けること無く了承した。
「これは、たしかにあの人の紹介状、ですね……。分かりました、私が教えられる範囲で、教えましょう……」
封蝋の色と模様で差出人を識別できると言っていたが、セナは記憶力がよくないと無理なのでは……と思っていた。
しかし、彼は実際に封蝋を見て差出人が誰なのか理解したようだ。
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