108.棚からぼた餅

「なんだ、シャリアから聞いておらぬのか。……余はこれでも、アグレイア七賢人の一人であるぞ。しかし、国を抱えている以上、まどろっこしい試練を執り行う暇などないのでな。他の者の試練を一つでも達成したのなら、余の試練も達成したと見做している」


 返ってきたのは、予想外の答えだった。


「じゃあ、これは……」

「うむ、余の試練を達成した褒美だな。余の裁量でどうにかなる願いならなんでも叶えよう。貴族位もその一つだったが、要らぬものを寄越されても迷惑なだけだろう? 打算的な面があるのは否定せぬが」


 皇帝ヴィルヘルミナは、実に寛大である。

 アグレイア七賢人が挑戦者に課す試練を一度でも達成しているのなら、彼女は自らの試練も達成したと見做して褒美を授けていたのだ。

 これはセナにも当てはまるので、この場は試練達成の褒美を下賜するために用意されたのである。


「……死体を放置して蛆を湧かせるわけにもいかんか。客人を立たせ続けるのも面子に関わる。部屋を用意せよ」

「御意に」


 それからセナは別室に案内された。

 あまり広くはない部屋だが、調度品や小物など、どれも一目で高級品だと分かるもので揃えられている。


「さて、貴様に与える褒美は教会一つで足りるとは思えんな。他に何か欲しいモノはないか?」

「足りてます……」

「余が足りぬと言っている。言え」


 別室に移ってもヴィルヘルミナの態度は変わらない。

 セナは「普通こうゆうのは逆の人が言うんじゃないのかな……」と思った。


「……ところで、さっきの処刑って、一人一人やるんじゃダメだったんですか?」


 なのでセナは、話題を逸らすことにした。

 逸らした先の話題で会話が終われば、褒美云々をなあなあで済ませられるからだ。


「ああ、悪知恵を働かせる短命種どもは、纏めて潰さぬと逃げられてしまうのでな。一網打尽にできる機会があれば、最大限利用するのが合理であり効率というものよ。余も忙しい身である故、一つ一つ対処していては時間が足りぬ」


 つまり、処刑をセナの謁見に合わせたのはたまたま都合が良かったから、ということになる。


「貴様への態度次第では恩赦も考えたのだがな……」


 叙爵すると宣言した際の反応も見ていたらしい。

 ヴィルヘルミナは面倒臭そうに溜息をつくと、足を組んで頬杖をついた。


「で、褒美はどうする?」


 逸らせていなかった。

 現状だと、欲しいものは経験値ぐらいしか思いつかない。ロンディニウム名誉子爵に神威について教わるのも、すでに紹介状を書いて貰っているので問題無いと思われる。


 セナがどうやって回避しようかと悩んでいると……


「――じゃあレギオンが貰う。強いモンスター、たくさん食べたい」

「完全遺骸欲しい」


 ずっとソファの後ろから抱きついていた大人レギオンが欲望を告げた。

 セナの隣でじっとしていた少女レギオンも同意見らしく、具体的な特徴まで言い出し始める。


「ふむ、完全遺骸は宝物庫に幾つかあったはずだ」


 ヴィルヘルミナはレギオンの要望を受け入れた。

 宝物庫にある財宝も含め、皇帝の裁量で動かせるのなら文字通りなんでも叶えてくれるようだ。


 彼女が片手を上げると、謁見の場で代弁者を務めていた男が紙を取り出した。

 それは製紙技術が無ければ作れない紙であり、現代人なら誰もが見たことのある質感の紙である。

 当然、この世界では高級品だ。


「……ここからここまで下賜すると伝えよ」


 その紙には宝物庫の中身が纏められていたらしく、内容を一瞥したヴィルヘルミナは、適当な場所に印を付けてそう告げた。

 代弁者の男が召使いらしい格好をした少年に耳打ちすると、少年は頷いてから部屋を退出していった。


「あとでニアール卿にでも案内してもらうといい。完全遺骸であれば好きなものを持ち出す許可を出した」

「やった」

「マスター、絶対行こう。必ず行こう」


 セナのなあなあで済ませたい思惑はレギオンによって潰された。

 この食欲に忠実な従魔を宝物庫に連れて行かなかったら、拗ねるのは確実だろう。


 女神の寵愛がある時点で目立つというのに、目立つ要素が更に増えてしまった。

 しかもレギオンが喜んでいるので無視する選択肢が無い。


「――このくらいだな。帰ってよいぞ」


 褒美も決まり通達事項が無くなると、ヴィルヘルミナはソファから立ち上がって退室した。

 決定事項となった教会の建設については専門家に任せることになっているので、セナが何か意見を挟む必要性も無い。


 セナとレギオンは宝物庫で完全遺骸を受け取ってから帝城を後にする。さすがに宝物庫の中で捕食するわけにはいかないので、それは帝都での用事が終わった後に人目に付かない場所で行うことにした。

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