106.謁見をしよう!
レンタル工房を後にしたセナは、再び冒険者組合を訪れる。
生産作業に時間を使ったのでとっくに夜ではあるが、リカッパルーナで注文したドレスを受け取らなければならない。
「――こちらが、セナ様宛に届いた荷物でございます」
高価な衣装なので、受け渡しは別室で行われる。
組合の職員が持ってきた木箱を開封すると、注文通りのドレスが綺麗に折り畳んで入っていた。
万が一にも傷や汚れがつかないように、箱の内側は滑らかな素材で覆われている。
セナは受け取ったドレスをインベントリに仕舞い、夜を明かすべく宿へ向かった。
帝都だけあって宿の数も多い。適当な値段の宿に宿泊したセナは、ドレスの試着をしてから眠りについた。
「(……あつい)」
そして翌日の朝。宝物でも抱えるかのように密着していたレギオンを退かして、セナは起床する。
寝癖を整えて下に向かうと、ちょっとした騒動が起きているようだった。
「ああ……丁度、来たようですね」
宿の扉のすぐ近くで店主と揉めていたのは、一人の女騎士であった。いや、揉めているというよりは、店主が対応に困っているだけのようである。
なぜなら、帝国において騎士の身分を名乗れる者は限られているからだ。大抵の人間は兵士、或いは軍人と呼ばれる。
「……思っていたよりも幼いですね。人族の年齢は相変わらず分かりにくいものです」
「えっと……?」
「失礼、まず名乗るべきでしたね。私は帝国第一特務部隊所属、輝騎士のメルジーナ゠ニアールと申します」
そう名乗った彼女の姿に、セナは思わず固まった。
騎士――言い換えるとすれば英雄。道中の噂話で存在は知っていたが、まさか向こうから会いに来るとは思っていなかったのだ。
しかも、彼女は人間ではない。
「……ああ、
「あ、それは大丈夫です……」
森の民、エルフの俗称で呼ばれることの多い彼らは、その長い耳が特徴とされている。
また、“豊かなる森にして豊穣の神”の祝福を受けて生まれるため、外的要因で殺されない限り死なないという不死性すら持っているのだ。
そのため、一部の国では亜人の蔑称で呼ばれることすらある。
「ならよかった。自分で言うのもなんですが、森の民は些か過ぎるほど排他的ですから、あまり他種族と仲が良くないのです。この国はそんな森の民である私にも寛容なので、耳を隠すなんて行為、したくなかったのですよ」
セナには分からないことだが、彼女にとって耳を隠すのはとても嫌なことらしい。これはエルフにしか判らない感覚なのだろう。
「さて、私は皇帝陛下より貴女様を招待するよう命じられていますが……時間は大丈夫でしょうか」
「――む、レギオンもついてく」
「もちろん、従魔の方々も歓迎しますよ」
「(……予定は、大丈夫かな。先に偉い人に会っておいたほうがいいだろうし)」
ロンディニウム名誉子爵より皇帝のほうが偉いのは当然だ。なのに、名誉子爵に会うことを優先すれば、
なので、セナは招待を受けることにした。
「服装は……」
「そのままで大丈夫ですよ。式典や社交の場ならともかく、今回は謁見するだけですから」
それからセナとレギオンは、メルジーナが用意していた馬車に揺られて帝城へと向かう。
馬車の中では相変わらず、レギオンがセナの両側を陣取っているため少し窮屈に感じる。
だが、これは仕方のないことだ。
レギオンはセナを守るために威嚇をしているのだ。逃げ場の多い街中ならともかく、こんな閉所で攻撃されては咄嗟の行動が取りにくい。
目の前の相手が群れの仲間じゃないというのも、レギオンが警戒する要因の一つとなっている。
それからしばらく経ち、馬車が停車する。メルジーナが窓越しに何かやり取りをすると、扉を開けて下車した。
「ここからは徒歩になります。武器は……預かったところで意味ありませんし、仕舞ってさえいれば大丈夫です」
そう言われたのでセナはインベントリに武器を仕舞った。
没収されないのは、プレイヤーだけが使えるインベントリのことを知っているからだろう。
セナたちは城の中を進む。
貴族然とした格好の人々が往来しているが、彼らはみなメルジーナに一礼してから忙しそうに去って行く。
長い階段を何回も登り、セナたちは一際豪華な扉の前に辿り着いた。
「陛下はこちらでお待ちです。外野が少しうるさいと思いますが、無視して構いません」
扉が開かれる。
巨大だというのに滑らかに動いた扉の先には、豪奢なカーペットが敷かれていた。
カーペットの両脇には何人もの人が並んでおり、セナを先導してきたメルジーナは玉座に近い位置に加わる。
そして……この空間の中で最も目立つ玉座には、片足を組み、頬杖をついて睥睨する、傲岸不遜な女性が腰を下ろしていた。
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