101.オーダーメイド

 エリオ辺境伯の屋敷を後にしたセナは、リカッパルーナにある冒険者組合を探して通りを歩く。

 そして組合に便箋を提出すれば、ちゃんと指名依頼として処理されたので受注する。


 セナは依頼を受理した後、街中を見て回ることにした。

 この指名依頼には期限が設けられていないので、せっかくなら軽く観光してから帝都に赴こうと思ったのだ。


 そうして歩き回っていると、この街は服飾店が多いことが分かる。

 というのも、辺り一帯を治めるエリオ辺境伯がこの街に屋敷を構えているため、貴族向けの豪奢な衣服を生産する職人が誘致されているのだ。

 誘致された職人が見事な作品を作り上げれば、同じ分野の職人たちのプライドが刺激され、切磋琢磨する過程でこのように服飾店が増えていったのである。


 ちなみに、貴族の服はオーダーメイドが基本なので、硝子の向こう側で飾られている衣服は職人の力量を示すための見本だ。

 よくよく観察してみれば、店によって縫い方や生地の選び方など、細かい差異が見受けられるだろう。

 つまりは、この通りにある店舗はどれも、仕立て屋ということになる。


「興味ある?」

「べつに、レギオンはこれがあるから」


 シャリアの魔塔のクリア報酬として入手した『夜闇の襲撃姫セット』はレギオンのお気に入りだ。

 わざわざ着替える必要性が無い。


「――お客様、当店の商品に興味がおありで?」

「え、いや……」

「当店の職人はリカッパルーナ随一ですから、お気に召すのも当然でしょう。ささ、中へどうぞ」


 ショーウィンドウを眺めていたからか、客と思われたらしい。

 否定する間もなく中へと促される。


「そちらのお二人は姉妹ですかな? お揃いの衣服とは微笑ましいものです」

「レギオンはレギオンだよ」

「大きいのも小さいのもレギオン」

「小さくない。マスターと同じ」


 実は背が低いことをちょっとだけ気にしていた少女レギオンが、大人レギオンの脛を蹴り上げた。

 もちろん、街中なので周囲に被害の出ないじゃれ合いに収まっているが。


「さて、当店ではお客様の要望を基に様々な衣服を仕立てております。冒険者が必要とする機能性重視のモノから、お茶会や夜会などでお客様自身を飾り立てるためのドレスまで、不可能はありません。もちろん、腕のいい彫金師を抱えていますので、アクセサリーもオーダーメイドが可能ですよ」


 と、どんどん話が進んでいく。

 いつの間にかセナは客にされており、何かしら注文する空気となってしまっている。


「あの――」

「はい、なんでしょう?」

「……眺めていただけで買い物するつもりはなかったんですけど」

「…………」


 気まずい沈黙が訪れた。

 老年の店員は眼鏡の位置を直し、セナは落ち着かない様子で目を泳がせている。

 レギオンは最初から我関せずといった感じで、店内を自由に見て回っている。


「――いえ、貴女には必要になります」


 数秒ののち、彼はそう言った。


「身なりを見れば分かります。貴女はただの冒険者ではない。鑑定士のジョブに就いている者ならば、貴女が高位の神官でもあり、神の寵愛を受けていると分かるでしょう。そして私は、“慧眼なる鑑定士”のジョブに就いています」


 鑑定士とは、物に宿る価値を推し量るジョブである。

 どのような由来があるのか、誰がどのような効果を付けたのか、シルバー換算で幾らになるのか、注視するだけでつまびらかにするのだ。


 彼はセナが身に付けている装備品に、神の力が宿っていることすらも判るのだろう。


「寵愛は、その神のお気に入りである証です。貴族を含め、様々な組織から勧誘されることでしょう。しかし、その場に合った衣服を持ち合わせていないとなれば、軽んじられます。所属するしないに関わらず、せめて一着は持っておくべきでしょう」


 彼の言うことには一理ある。

 たしかに貴族は体面を気にする生き物だ。見栄を張るために容姿を整え、自らの財力と実力を示すために金を使う。

 これから貴族に会いに行こうとするセナが、礼服を一つも持ってないというのは失礼に当たるだろう。


 誘導されたような気もするが、セナは礼服をオーダーメイドすることにした。


「では、まずは採寸からですね。それからデザイン案を決めて、作業に取りかかります。目安として、完成まで大凡おおよそ五日でしょうか」

「じゃあ、お願いします」

「はい。採寸は女性の方が行いますので、ご安心ください」


 それからセナは奥へと案内され、されるがままに採寸する。

 さすがはプロの職人というべきか、テキパキと細かい数値まで迅速に測られた。

 デザイン案は、今の装備のデザインを流用しつつ、ドレス風にアレンジすることになった。


「では、代金は前払いで一二〇万シルバーとなります」


 セナはインベントリから貨幣を取り出し、店員は中を確認することなくそれを受け取る。

 セナは不思議に思ったが、この行為は高級店舗を構えるNPCたちの間では、相手を信頼していますという証になるのだ。

 なので、もし詐欺を働けば通常の詐欺より重たい刑罰が科される。


 完成した品は組合経由で帝都に送られるそうなので、セナは店を退出する。

 日が暮れてきているので、残りの時間は生産に当てることにした。

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