100.貴族のお願いは断れない

 セナは二つ目の質問を口にする。


「そもそも、選定の剣ってなんですか?」


 『朽ちた選定の欠片』を入手したときから感じていた疑問だ。

 果たして、これは一体何を選定するというのか。


「……文献によると、選定の剣には悪魔殺しの聖剣と云う別名があるそうだ。記述自体が曖昧ではっきりしないが、この剣の所持者は“勇者”と呼ばれ、“魔王”なる存在と戦う宿命にあるらしい」


 ボロボロの本の表紙を指で小突きながら、エリオ辺境伯はそう答えた。


「ま、結局は真偽不明の伝承だ。皇帝陛下の勅命がなければ、ダンジョンの破壊だけで済んだのだけれど……」

「ダンジョンって破壊できるんですか?」

「そんな当たり前の……ああ、来訪者は知らないのか。ダンジョンというものは、核さえ潰せば破壊できるんだ。ただ、労力に対して成果が見合わないから、破壊することはあまり無いんだけどね」


 破壊されるダンジョンは基本的に旨みが存在しない、或いは害ばかりもたらすモノである。

 破壊したところで大した利益は得られず、時間も労力も掛かるため損しかしない。


 けれど、ダンジョン内のモンスターは時間経過でリポップするため、年単位で放っておくとモンスターが氾濫し、ダンジョンそのものが拡大してしまう恐れがある。

 ダンジョンの破壊はこの氾濫を防ぐためでもあるので、目先の利益が赤字だろうと将来のために実行する必要があるのだ。


「あのダンジョンは選定の剣の伝承以外、得られる利益が無いからね。いっそ破壊してしまおうと思っていたんだ」

「じゃあ、これは何に使うんですか?」

「ひとまずは調査と解析だね。具体的な用途はそれ次第かな」


 とはいえ、彼には皇帝からの勅命が下されているので、選定の剣についての調査は最優先事項になるだろう。


「でも、泉の精霊が意思疎通できるのは、嬉しい誤算だね。こちらの解釈が合ってるか確認をとりたいが……さすがに《テイム》は無理か」


 片手を翳し《テイム》を試みるエリオ辺境伯だったが、なんの手応えも得られなかったらしい。

 精霊はモンスターとは違う扱いなのか、それとも従魔にできる状態ではないのか。

 しかし、彼は落胆する様子を見せず、話を戻した。


「まあ、元々その分野に明るい学者を呼んでいるし、解析が短期間で終わるとも思ってないしね。本来の予定通りに進めればいいだけの話だ」

「……あ、他の精霊に話を訊くことってできないんですか?」


 思っていたより何も情報を得られなかったが、セナはふとイベントに出場していたプレイヤーのことを思い出す。

 ふざけた名前の彼は、ユニーククエストで『水の精霊剣』を獲得したと自ら語っていた。


 つまり、この半透明な泉の精霊以外にも、精霊と呼ばれる存在はいるはずなのだ。


「ふむ……精霊に所縁があるとされている地は幾つかあるけど、精霊が姿を現したケースは殆ど無いからね。場所も遠いし除外していたが……」


 エリオ辺境伯はそう呟き、視線を軽く彷徨わせる。


「――そうだね。君の言う通り、他の精霊を訪ねるのは有りだ。ただ、僕は領地から離れられないし、リリエラもそんな遠くまでは移動できない」


 ほんの僅かな時間で考えを纏めた彼は、セナに目を合わせて言葉を紡ぐ。

 モノクル越しに翡翠色の眼差しを向けられたセナは、次に何を言われるのか察しがついた。


「だから、冒険者でもある君に依頼を出そう。指名依頼だ、報酬は弾むし期間も設けない。帝国内にある精霊に所縁のある土地を巡り、選定の剣に関する情報を集めてきて欲しい。頼めるね?」


 物腰は柔らかいが、有無を言わせぬ迫力を感じる雰囲気に、セナは了承するしかなかった。

 自分から言い出したことでもあるので、断るわけにもいかないだろう。


《――ユニーククエスト:選定の剣を調査せよが発生しました》

《――ユニーククエスト:選定の剣は何処へとリンクしています》


 これもユニーククエストとして扱われるらしい。

 エリオ辺境伯はさらさらと綺麗な書体で依頼書を書き上げ、それを便箋に入れて封をした。


「組合に持っていけば指名依頼として受理されるはずだ」


 受け取った便箋は無くさないようインベントリに仕舞う。

 とてもいい手触りの便箋だったので、やっぱり貴族は上質なモノばかり使うのだなとセナは思った。


「リリエラ、地図を」

「こちらに」


 リリエラがすっと差し出された地図に、エリオ辺境伯は何かを書き付けていく。


「……優先度順に印を付けておいた。可能ならこの優先度順に、候補地を全て回ってきて欲しい」


 貴族のお願いは断れない。

 セナはちょっと面倒なクエストになってきたなと思いつつ、簡素な地図も受け取る。


「一番近いのはサルサット高原にある大岩だけど、その前に帝都に赴くことをオススメしておくよ」


 簡素な地図には主要な都市の位置も記されていたので、サルサット高原が帝都を挟んで反対側にあることが確認できた。

 関所の偉い人にロンディニウム名誉子爵に会うことを勧められているので、先に訪ねてみてもいいかもしれない。


「父上のことだ、一筆したためているだろう? 先にそちらの用事を済ませても構わないよ。急を要する依頼でもないしね」

「……ありがとうございます」


 ぺこり、と軽くお辞儀をして、セナは座り心地のいいソファから立ち上がる。

 リリエラが先回りして扉を開けてくれたので、彼女にも軽くお辞儀をした。

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