99.エリオ辺境伯

「(この人……なんでこんなに無防備でいられるんだろう)」


 ゴトゴトと竜車に揺られながら、セナは眼前の人物に注意を向ける。

 エリオ辺境伯と呼ばれている彼は、貴族だというのに自然体でとてもリラックスしている。目の前に敵か味方か定かじゃない他人がいるというのに。


「君は……君たち来訪者は、旅をすると聞いている。エーデリーデ王国が占有している始まりの地から現れて……。レディ、君は何を目的に旅をしているんだい?」


 視線は窓の外に向けたまま、彼はちょっとした疑問を投げかけてきた。

 その言葉には様々な意味が込められているように感じたが、セナは強くなるためと正直に答える。


「いいね。僕も信仰のための強さを求めているから、その気持ちは分かるよ」


 やがて竜車はリカッパルーナへ到達する。

 揺れが小さくて気付かなかったが、中々の速度で走行していたらしい。


 リカッパルーナは一つの丘を囲むように建設された街であり、エリオ辺境伯の屋敷はその丘の頂上に建てられている。

 竜車はその屋敷の敷地内へと侵入し、玄関前で停車した。


 エリオ辺境伯が先に降り、乗車したとき同様手を差し出す。しかし、やはりレギオンは気に入らないようで、身を割り込ませてセナをエスコートする。


「さて……ついてきてくれ」


 セナは彼の後ろについて歩く。

 屋敷は外観からも分かるとおり、とても広い建物だ。どうせ話をするのだから、本人自ら案内したほうが早いのだろう。

 だが……セナは疑念を抱いた。


「(この人たちは使用人……だよね? なんで主人に対してこんなに冷たいんだろう)」


 すれ違う使用人の誰一人、エリオ辺境伯に対して挨拶も礼もしない。

 貴族への態度としてはあまりにも無礼だ。それが仕えている主人へのものだとしたら尚更。

 しかし、誰も彼もが、それが当然と言わんばかりの態度で仕事をしている。


「お話はこの部屋でしよう。人払いは済ませてあるから、安心してくれたまえ」


 やがて、美麗な彫刻が彫られた扉の前に辿り着く。

 エリオ辺境伯はその扉を無遠慮に開いた。この屋敷の主人なのだから無遠慮も何も無いのだが……。

 そう思った束の間、セナは驚愕する。


「待っていたよ。、頼んでいたモノは回収できたかい?」

「――はい、こちらに」


 応接室らしき部屋のソファで優雅に座っていたのは、エリオ辺境伯その人だった。

 今までセナと一緒にいたエリオ辺境伯は、彼にリリエラという名で呼ばれた。双子なのだろうか。いや、リリエラは男性に付けるような名前じゃない。

 リリエラと呼ばれた謎の人物は、組合で受け取った『朽ちた選定の欠片』をエリオ辺境伯に差し出した。


「少し混乱しているようだね。リリエラ、戻っていいよ」

「はい、畏まりました」


 すると、リリエラの姿が変貌する。

 どろりと水銀のような物質に変じたかと思うと、今度はクラシックなメイド服に身を包んだ秀美な女性になった。

 彼女は顔を伏せ、そつがない動きでエリオ辺境伯の後ろに佇む。


「僕は従魔師でね……彼女はシェイプシフターという、珍しい種のモンスターなんだ。僕がテイムしている」

「……あ、じゃあさっきまでのは」

「【テイマー】のアーツ、《思念同調》で体を借りていたんだ。性別を一致させた方が長続きするからね。使用人たちもこのことは知っているよ」


 セナは驚くと同時に納得した。

 《思念同調》は《思念伝達》の上位互換のアーツだろう。セナは《思念伝達》を獲得したばかりだが、その有用さは理解してる。

 指示ではなく操作になってしまうが、熟練度次第では隣町まで効果範囲が及ぶというのは魅力的に思える。


「だから、そっちの子も無礼だなんて思ってないからね。従魔が主を守ろうとするのは、至極当然の行為だ」


 どうやらレギオンの行動は不問になるらしい。


「さて……これについて話を聞きたいんだったね。知りたいことを質問してみるといい」


 微笑みを絶やさず、フレンドリーな態度を崩さずに彼は質問を許した。

 対面のソファに座ったセナは、両側をレギオンに挟まれながら質問を始める。


「……これは、精霊と関係があるんですか?」

「あるとも。だから回収を依頼した。……まあ、とっくに朽ち消えたと思っていた精霊がまだいるとは思っていなかったけれど」


 彼は視線をずらし、セナの背後を見る。

 釣られるように振り返ると、そこには半透明の女性が朧気に立っていた。


「彼女は選定の剣を守護する泉の精霊……らしい。確信が持てないのは許してほしい。あの泉が枯れたのは帝国が建国されるより以前の出来事だから、文献自体の信憑性が定かじゃないんだ」


 彼がそう言うと、精霊は肯定するように小さく頷いた。


「……驚いた。まさか、意思疎通が可能だとは。これはさすがに、僕も予想できなかったな……」


 エリオ辺境伯は本当に驚いたらしく、目を丸くして微笑みを途絶えさせた。

 いつの間にかリリエラがテーブルの上に置いた、古ぼけた本……らしき紙の綴りを慎重に捲って「本当に驚いた……」と呟く。


 その本の表紙には一振りの剣と、木々に囲まれた泉と、剣を抱く乙女の姿が描かれている。

 よく見ると、その乙女の姿は半透明の女性と酷似している。


「――っと、少し話が逸れたね。次の質問をしていいよ」

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