98.精霊の執着

 タージイオタに戻ってきたセナは、冒険者組合の窓口に『朽ちた選定の欠片』を提出した。


「これ、何に使うんですか?」

「さあ……? 詳しいことは私たちも知らないから、何に使うかはちょっと……。でも、依頼としての体裁が整っていればゴミ集めでもなんでも、依頼として冒険者に斡旋しています」


 提出された素材は組合経由で依頼主に届けられるらしく、『朽ちた選定の欠片』は丁寧に布に包んで保管されることになった。

 これにてクエストは達成である。


「――オ マ エ カ」


 今日はもう休もうかと思って組合を出た時、突如として声が掛けられた。

 とっさに振り返るが、後ろには誰もいない。レギオンもキョロキョロと辺りを見渡している。


 声の主は何処にも見当たらない。

 気のせいかと思って足を踏み出したとき、目の前に半透明の女性が現れた。


《――ユニーククエスト:選定の剣は何処へが発生しました》

《――このクエストをクリアするまで解除不能な特殊状態異常:精霊の執着が付与されます》

《――特殊状態異常:精霊の執着が【疫病の加護】によって弾かれました》

《――このクエストは破棄できません》

《――特殊状態異常:精霊の執着が存在しないため、このクエストは破棄することができます》


 アナウンスが流れ、その内容がログとして保存される。

 特殊状態異常:精霊の執着は、このユニーククエストがクリアするまで解除されないと表示されているが……神の加護には勝てないらしい。

 状態異常を掛けてきた張本人だろう精霊も、呆気にとられたような、悲しげな表情をしている。


「えっと……ごめんなさい?」


 度重なる強化によって【疫病の加護】は、病毒に限らずありとあらゆる状態異常を受け付けなくなっているのだ。

 ギミックが意味を為さないほど強くなっているのは、運営も予想していなかっただろう。


「…………ぁ、剣を、探して、ください……」


 小さく呟いた半透明の女性は、そのまま消えていった。

 ユニーククエストは受注した状態で残っているので、少し申し訳ない気持ちになった。なのでちゃんと攻略することにする。


 セナはまず、踵を返して組合に戻り、先ほど提出した『朽ちた選定の欠片』の納品先について訊いてみることにした。


「どうしましたか?」

「さっきの素材って、誰に届けられるのか分かります?」

「エリオ辺境伯様ですが……アイテムの輸送は組合が責任を持って行いますので、冒険者様が心配する必要はありませんよ」

「あ、そうじゃなくて……」


 セナはその届け先の人物に会って話を聞きたいのだ。精霊らしき人影から発生したユニーククエストをクリアするためにも。

 その旨を伝えると、受付嬢は少し悩んでからこう言った。


「……エリオ辺境伯様は隣街のリカッパルーナに屋敷を構えています。ですが、雇われたわけでも招待を受けたわけでもない冒険者が訪ねていっても、門前払いされるだけですよ」


 ゲームの世界といえど、貴族関係はやはり面倒臭い仕様になっているらしい。

 たとえセナがアイテムの輸送を請け負ったとしても、エリオ辺境伯本人に会うことはできないと言われた。


「うーん……」


 さて困った。

 腕を組んで首を傾けたセナは、どうしようかと悩む。


「――そこのレディ、何かお困りかい?」


 すると、背後から声を掛けられた。

 今日はやけに声を掛けられるな、と思いつつ振り返ると、そこには貴族然とした青年が立っていた。

 白を基調としつつ、複雑な刺繍で豪華さを演出している衣服。上品さを感じさせる装飾品に、顔にはモノクルを付けている。

 受付嬢は彼の姿を見るなり驚き、「エリオ辺境伯様!?」と叫んだ。


「ど、どうしてこちらへ……?」

「父上から、来訪者が関所を通ったと連絡を受けてね。どんな子か気になったんだ」


 そう言うとエリオ辺境伯は顎に手を添え、セナを観察するように見つめる。

 レギオンは彼を警戒し、セナを庇うように立ったが、エリオ辺境伯は目を細めてニヤリと笑う。


「いいね。そこの君、依頼していた品は届いているかな?」

「あ、はい! 先程そちらの冒険者様が回収してきました」

「なるほど、それはいいね」


 彼はセナが納品した『朽ちた選定の欠片』を受け取った。

 そして、再びセナに声をかける。


「……実は、先程の会話を聞いていてね、来訪者の君さえよければ、僕の屋敷に招待しよう。これについて知りたいことがあるのだろう?」


 どうやらセナの困り事を解決してくれるようだ。


 彼の後について行くと、組合の前に立派な馬車が一台止まっていた。

 いや、それは馬車ではなく竜車と呼ぶべき代物で、馬の代わりに竜が繋がれている。


 颯爽と乗り込んだ彼は、セナに手を差し伸べる。


「……レギオンがエスコートする」


 しかし、それが気に入らなかったのか、大人レギオンが彼を押し退けるように乗り込み、セナをエスコートした。

 エリオ辺境伯は困ったような顔をしている。


「――出発してくれ」


 彼がそう言うと、竜車はゆっくりと動き始めた。

 大きな竜車ではあるが、片側に三人も乗ると窮屈で仕方ない。

 が、貴族であるエリオ辺境伯の隣に座るわけにもいかないので、セナはレギオンに挟まれて過ごすことになった。

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