96.ドラゴンブレス

 セナとレギオンは左右に分かれて走り出す。

 その直後、放射線状に発生したAOEに沿って【ローカストダメージ】が分散した。


「うわっ……(地面も抉れてる……当たったら即死かな)」


 恐らく捕食行為なのだろう。

 飛蝗バッタ一匹の捕食行為は――握り拳ほどあるのでそれでも大ダメージだが――大したこと無くても、群れが絶えず繰り返すことで即死級のダメージとなるのだ。


「とりあえず《プレイグスプレッド》!」


 だが、生物であるなら疫病が効くはず。セナはそう考え、疫病の珠を生成し放り投げた。

 群れを合流させ再度突進してきた【ローカストダメージ】は、目の前に放り投げられた疫病の珠を破壊する。

 捕食するためにその顎を用いて攻撃を行ったのだ。


 とうぜん、破壊された珠からは疫病が発生し、すぐさま【ローカストダメージ】を冒して死へと導く。

 ボトボトと死骸が地面に落ち、群れの総数がガクッと減少する。


「(よし、これならすぐ斃せそう)」


 総数が減ったことでAOEの範囲も狭まっている。

 この調子ならすぐにでも討伐できると考えるセナだが……


「……あれ?」

「っ、マスターの攻撃が効いてない……」


 まだ疫病は消えていない。だと言うのに、【ローカストダメージ】はその中を飛行し続けているのだ。

 疫病が効果を発揮する範囲内に留まっていれば、すぐにでも群れ全体が病に冒されるはずなのに、群れの総数が三割を下回る様子が無い。


「アイツ、耐性作ってる。たぶん、斃れた個体の耐性を群れ全体が手に入れてるんだと思う」

「蟲のくせにぃ……」


 レギオンの予想通り、【ローカストダメージ】は受けた攻撃に対して耐性を獲得する特性がある。

 しかも、群れの危機に陥るほど強力な攻撃や状態異常なら、比例するかのように獲得する耐性も強くなるのだ。


 これはレギオンには無い特性であり、彼女は同じ群体型のモンスターとして嫉妬を覚えた。


「仕方ない……レギオン、消耗とか考えずに全力で攻撃して」

「分かった。マスターも気を付けて」


 セナもとうぜん、レギオンの特性は把握している。だから、群体型モンスターの特徴や弱点を知っていた……はずだった。


「《ボムズアロー》!」


 群れの先頭を飛ぶ飛蝗に狙いを定め射ったアーツは、その爆炎で先頭集団を吹き飛ばす。

 だが、【ローカストダメージ】は気にせず飛行を続ける。


 やはり、レギオンと同様に群れ全体で意識を共有しているのだろう。

 損耗を顧みず、ただひたすらに統一意識に従って行動する。


「(その点、レギオンはわがまま言ったりするから可愛いんだけどね。アレとは大違い)」


 効果が薄くても攻撃は続行する。多少なりともダメージにはなっているのだ、いつかは斃せるはずである。

 魔法の矢を使う選択肢だってあるが、それは最後の最後、本当に打つ手が無くなった時用の手段だ。


「(ほんと、後先考える必要が無い時しか使いたくないけど……)」


 だから、セナは《ボムズアロー》のような範囲攻撃で攻め立てる。

 《詠唱補正》によって威力が底上げし、この泥沼化確定な戦闘を終わらせるのだ。


「むむむ……」


 一方、レギオンたちは少し攻めあぐねていた。


「(どうする? ブレス使う?)」と少女レギオン。

「(やだ。喉焼けるし)」と大人レギオン。


 どちらも独立した意思を有しているが、どちらも【孤群のレギオン】であるため、口を動かさなくとも会話が出来る。

 戦闘の最中、思考速度を速めてレギオンは対策を講じていた。


「(マスターが頑張ってるから、レギオンも頑張らないとだめ)」

「(むう……じゃあそっちが全力で、こっちがサポートする)」

「(そっちばかり楽しようとしないで。マスターは消耗は気にしなくていいって言った)」

「(うっ……でも、ブレスは使うだけでレギオンが消費されるから、できれば使いたくない)」

「(それはレギオンも一緒。諦めて)」


 議論の末、大人レギオンが白旗を揚げる。

 肉体の構造的により肺活量の多い大人レギオンがドラゴンブレスを放ち、少女レギオンが【ローカストダメージ】を捕食し返す、という作戦とも言えないゴリ押しをすることにした。


「――いくよ」


 正面に【ローカストダメージ】を見据え、大人レギオンが限界まで大きく息を吸う。

 肉体の内部構造を弄り、取り込んだ空気から燃えやすい酸素を抽出し、魔力と混合させる。


 これは魔法を使うプレイヤーなら当然のように知っていることだが、強大な魔法には下準備と詠唱が必要になる。ドラゴンブレスも魔法の一種なので、【無詠唱】スキルが無い限り下準備等が必要だ。


 しかし、ドラゴンは詠唱を行わずにブレスを扱う。

 カジュアルプレイヤーが理不尽だと憤るこの現象も、フレーバーテキストを読み込んだ者であれば誰でも行き着く簡単な答えが存在している。


 ――コツッ、コツッ!


「……ガァァアアアアア!」


 ……それは、物理現象を利用するという、魔法らしくない答えだ。

 手段は色々とあるが、一番モンスターらしいのは歯をぶつけて火花を生じさせる方法だろう。


 アーツ然り、魔法然り、ゲーム開発陣が用意した世界設定に則ってさえいれば、発動方法はかなり自由が利くのだ。

 だから、レギオンのドラゴンブレスも正常に発動する。

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