93.攻略という名の蹂躙
「では、小官はこれで」
敬礼をした彼は仕事に戻っていく。
人の往来が激しいわけではないが、違法薬物などが無いかチェックしたり、許可証が正規に発行されたものかを調べたりするため、時間が掛かるのが端から見ても分かるぐらい忙しそうにしている。
《――エルドヴァルツ帝国へ亡命しました》
《――以降、エーデリーデ王国に立ち入ることは出来ません》
セナは今、エルドヴァルツ帝国の領土に足を踏み入れたのだ。
書類上は亡命という形だったので当然ではあるが、エーデリーデ王国に戻ることは出来ない。
「(まあいいか。こっちにもダンジョンはたくさんあるみたいだし)」
シャリアの魔塔のような高難易度ダンジョンは世界各地に存在しているが、このエルドヴァルツ帝国は少なくとも七つの高難易度ダンジョンを保有しているらしい。
とくに、『巡り堕ちる勤勉の螺旋』や『忘れられた慈愛の大穴』がとても有名である。
……と、セナはNPCから聞いた。
これら高難易度ダンジョンは、通常のダンジョンとは様々な面で異なっている。
侵入に制限が掛けられていたり、或いはクリアするのに特殊な条件が設定されていたりと、高難易度ダンジョンはとにかく厄介なのである。
《――ダンジョン:陽炎の渓谷に侵入しました》
帝国の領土に入って初めてセナが立ち入ったのは、霧によって常に景色が歪んでいる渓谷だった。
出現するモンスターはロックゴーレムやジャイアントリザードなどの、擬態を可能とする種類である。
もちろん、通常のダンジョンだ。
「えいっ」
レギオンが先端に凶悪な棘を生やした尻尾を振り回すと、ロックゴーレムは抵抗する間もなく砕け散る。
「《プレイグシュート》」
ジャイアントリザードはセナが放つアーツによって、病毒に冒され斃れていく。
《――ダンジョンボス:【ミラージュ・ミスト】が出現しました》
レベル差があるので道中は呆気なく片付き、セナたちはボス戦に挑む。
ミラージュ・ミストはその名の通り、実体を持たないモンスターだ。開始と同時に射った矢はミラージュ・ミストを通り抜ける。
自爆攻撃も有効じゃないだろう。
「……《プレイグスプレッド》《投擲》」
疫病の珠を生成し、投擲するセナ。
ミラージュ・ミストの真下に落ちた疫病の珠は即座に割れて、瘴気としか形容できないオーラを噴出する。
だがそれは、やはり効果が無かった。
その後も様々なアーツで攻撃を試みるが、物理属性の攻撃手段しか持っていないセナたちとミラージュ・ミストは、相性がとても悪かった。
唯一使える属性攻撃は【アルバートの指環】の装備スキルを使ったエンチャントだが、これは近接武器にしか使用できないうえ、一回使用するだけで解けてしまう。しかもクールタイムが絶妙に長い。
「……これは、まだ使いたくなかったんだけどなぁ」
そう独りごちて、セナはインベントリから一本の矢を取り出した。
それは、シャリアの魔塔のクリア報酬として持ち帰った素材をふんだんに使用した、今のセナですら手に余る武器。
ただの木材とは比較にならない硬度を誇る『世界樹の小さな木片』を削り、『イフリートの炎角』を鏃に加工し、『鳳凰の尾羽』を取り付けた魔法の矢。
それを矢筒に入れて記憶させたセナは、MPを消費して再度取り出し番える。
『エンシェントフレア』の名称を与えられたこの矢の推奨使用レベルは、なんと150である。
レベル制限ではないので使おうとすれば使えるが、代償としてDOTが発生してダメージを負う。しかもかなり量が多い。
「っ、《ボムズアロー》!」
徐々に炭化していく指を見て、照準を定める余裕すら無いと悟ったセナは、大まかに位置を合わせて指を離した。
感覚頼りの合わせ方なので多少のズレが生じるが、ミラージュ・ミスト相手であれば掠りさえすればクリティカルヒットになるだろう。
なにせ……掠りさえすれば、ミラージュ・ミストは大炎上して消し炭になるのだから。
「マスター、あれほんとに使って良かったの?」
「使いたくなかったけどね……」
自分の得意が通じない敵と遭遇することは、分かっていたことだ。だから奥の手として魔法の矢を用意していた。
だがしかし、それはもっと先のことだと思っていたのだ。
「レベル100は超えておきたかったんだけど……」
右手を見下ろすセナ。
彼女の親指と人差し指と中指は、矢を射った衝撃で砕け散っていた。骨が僅かに残っている程度である。
「……くぅ」
セナはインベントリから『部位欠損薬』を取り出し、患部に振りかけた。
これもシャリアの魔塔で得た報酬の一つである。
市場にはあまり出回っていないので、とても貴重な消耗品なのだ。
こんな貴重なポーションを使うだなんて……と、ラストエリクサー症候群を発症したセナは悔しそうにしている。
部位欠損はデスペナからの復活か、『部位欠損薬』のような貴重なポーションを使用するか、回復に特化したジョブに就いた最高位の神官しか治せない。
だからこそ、せめて代償が軽くなるレベル100を超えるまで使いたくなかったのだ。
《――【ミラージュ・ミスト】が討伐されました》
《――初討伐報酬として【幻惑のブレスレット】が贈与されます》
正攻法で斃したとは言い難いので報酬を受け取るのが少し心苦しい。が、これは要らない装備品だったので適当に売ることにする。
【リムリスの指環】の方が性能がいいからだ。
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