91.ラヴァシータ
ラヴァシータは洞窟都市である。
山をくり抜いて造られた街は薄暗く、至る所に設置されている街灯が無ければ一寸先すら見えないだろう。
「わぁ……」
「キラキラしてる」
この街の特色は、街灯の光が織り成す神秘的な光景だ。山を崩さないように残されている柱も相まって、とても幻想的になっている。
至る所に坑道があることから分かるとおり、良質な鉱石や宝石の産地でもある。
往来する人々は冒険者然とした格好をした者と鉱夫ばかりで、他の街にいたような市民の姿はあまり見られない。
しかし、神官の姿はちらほらと見掛ける。
霊峰シルフィールの頂に建てられた神殿に向かうため、この街には各地から神官が集まるのだ。
頂まで続く道の中で整備されているのが、ラヴァシータから続く登山道だけだからである。
だがそんな事セナには関係ない。
改宗するつもりは一切無いし、採掘を目的としているわけでもない。
ここはあくまで隣国への中継地点……。セナは、指名手配の効力が及ばない帝国へ移動するつもりなのだ。
「(出国手続きは……指名手配のせいで出来ないんだよね)」
なので、利用するのは裏世界の伝手である。“烙印狩り”の活動拠点は他国にも存在するため、捕まらずに他国へ移動する方法が確立されているらしいのだ。
路地裏を通り、ひっそりと経営されているバーを訪れたセナは、カウンターでグラスを拭いているバーテンダーに話しかける。
「……注文は」
「(ここでの合言葉は……)宝石水の坑道カクテルと、採れたて苺のアイスクリン」
「……おう、少し待て」
バーテンダーは一瞥し、裏の方へ移動した。
少しして戻ってくると、彼は律儀にアイスクリンを渡してから奥の部屋を勧める。
「ウチの坑道カクテルは演出が凝ってるんだ。奥の部屋で提供してる」
こくり、と頷いてセナは奥の部屋へと進む。
部屋の中央には中華風の回転テーブルがあり、セナはそれを左に三周回してから右に四周回した。すると、部屋の角にあるタイルが一つ沈んで地下への道が出来上がる。
梯子を伝って下りると、そこはやはりバーのような空間だった。
しかし人の姿はカウンターにしかない。空間自体もかなり狭いため、拠点としてはあまり活用されていないのだろうか。
「――ああ、アンタか。用件は聞いてるよ」
カウンターでグラスを磨いていた女性はそう言って、二つの便箋を取り出しセナに渡す。
「黒い方は向こうの冒険者組合の受付に渡しな。所属国を向こうに書き換える手続きに必要な書類を入れてある。もう一つは関所を通過するための書類だ」
セナは受け取った便箋をインベントリに仕舞った。
「向こうは実力主義だからね、こっちよりは活動しやすいはずだよ」
「そうなんですか?」
「政治の形態が違うからね。こっちは貴族にも権力が分散してるが、向こうは皇帝に権力が集中してる独裁政治だ。実力者は色々と優遇されやすいのさ」
曰く、エルドヴァルツ帝国は有能な人材を確保するために皇帝が特権を与えているらしい。
例えば潤沢な資金に高性能の武具、アクセサリー等。そういった物品の給与から始まり、犯罪歴や借金があれば帳消しにされる。
他国の指名手配は当然の如く無効だ。
「アンタは来訪者だし、指名手配の無効化ぐらいはしてくれるだろうさ」
セナはあまりNPCと関わりを持っていないため知らなかったことだが、NPCたちは来訪者のことを、驚異的な速度で成長する別世界の人々と認識している。
神の導きでこの世界に降り立った、文字通りの来訪者だ。
そんな人物を欲しがる国は少なくない。なので、指名手配されているセナでも帝国からすれば垂涎ものの人材になるのだろう。
それから少し雑談してから、セナは“烙印狩り”の拠点を後にする。
依頼を受ける気分じゃなかったのもあるが、そもそもこの街で恨みを買っている人物はいないらしい。なので“烙印狩り”のメンバーも常駐しているのはバーテンダー含め僅か三名だったのだ。
「マスター、あれ食べたい」
ラヴァシータでも屋台はある。
熱した石に食材を突っ込んで焼くだけの単純な料理だが、甘みの強い芋を使っているそうだ。
つまり石焼き芋でもある。
「あつっ……」
「もぐもぐ……」
セナはねっとりとした食感を不思議に思った。とても熱いので火傷しそうだ。
レギオンはとても美味しそうに食べている。
「(甘い……)」
「美味しいねマスター」
「レギオンはもっと食べたい」
レギオンが美味しいというのなら美味しいのだろう。
セナはそう考え、美味しいと返した。
実際、火傷しそうなぐらい熱いのを除けば、もう少し食べてみたいという欲求がある。
追加で幾つか購入し、セナたちは食べ歩きをしながら観光をした。
さすがに素材やアクセサリーは手持ちのほうが上質なので何も買わなかったが。
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