73.本戦開始

 翌日の朝。

 セナは宿屋のベッドで目を覚ます。隣にはレギオンがおり、セナを抱きしめる姿勢ですやすやと眠っていた。

 そして、反対側でもレギオンが眠っている。こちらは以前と同じ少女の姿だ。


「…………あつい」


 レギオンが二体いるのは【イノセント・ヒューマンユニットの完全遺骸】を捕食した影響らしい。

 レギオンは人間体を司令塔として活動する群体だが、人の肉体を捕食したことで進化の際に司令塔補佐として人間体をもう一つ生み出したのだ。

 なお、どちらか片方がやられても同一存在なのでまったく問題無い。


 それと、着ている装備は二体とも同じだが、これは増殖バグでも分裂バグでもなく、進化の際にレギオンに吸収されただけである。なので装備補正が倍になったりはしない。


 二体のレギオンを起こしたセナは、イベントフィールドのコロッセウムに向かう。

 同行させるのは少女のほうで、大人の方には待機してもらうことにした。


「――さあさあさあ、余興は終わって休息も済んだだろう? 早速だけど本戦トーナメントの抽選を始めようか」


 予定されていた時間になると、空中に浮かんでいるモニターに、本戦に駒を進めたプレイヤーの情報が映る。


Aブロック代表:

 『アプレンティス』レベル62

 『ちよこれいと』レベル60

 『エム』レベル63


Bブロック代表:

 『セナ』レベル74

 『クルル』レベル63

 『あまかけ』レベル63


Cブロック代表:

 『神風』レベル61

 『ホルン』レベル64

 『クリムゾン』レベル62


Dブロック代表:

 『キルゼムオール』レベル69

 『グリム』レベル62

 『剣士ああああ』レベル65


Eブロック代表:

 『ムラビト』66

 『まな』レベル62

 『ジェイク』レベル60


 この一五名が本戦出場者であり、全員がレベル60を超えている。セナのレベルだけ突出しているが、レベル差を一桁に抑えている者もいるので侮れない。

 一番高いのはキルゼムオールで、なんとレベル差はたったの5だ。

 その次はムラビトと剣士ああああで、巫山戯ている名前とは裏腹に、その実力は本物である。


 この二人は検証班の戦闘部隊として様々なダンジョンを周回し、通常のプレイでは気付けないような細かい仕様――フィールドによるMP回復量の差異やアーツの挙動や自由度など――を、一つ一つ確認しているのだ。

 シャリアの魔塔第一階層を突破したのも彼らのパーティーである。


「(……あれ? でもこれじゃ)」

「ところで、君たちは疑問に思っているよねぇ? 枠が余ってるじゃないかって」


 シータの言う通り、この人数ではトーナメントを開始できない。用意されているトーナメント表は一六人用のもので、一五人では枠が一つ余っているのだ。


「だから、一人だけシードとして扱うことにする。抽選はもちろんランダムで行うとも」


 一五名の名前が書かれたルーレットがモニターに映される。

 シータが指を鳴らすと高速で回転し、三〇秒掛けてゆっくりと停止した。

 ルーレットの針が指し示したのはセナの名前であり、シードになることが決定する。


「……さぁて、これでトーナメント表は完成だ。早速第一回戦、第一試合を始めよう」


 セナはコロッセウムの観客席に座って舞台に視線を向ける。

 予選は見ずにミニイベントで遊んでいたが、本戦に出場するプレイヤーの試合は観戦する価値があると考えているのだ。


 レギオンもセナの隣に座って舞台を眺める。

 こちらのレギオンと待機しているレギオンは同一存在なので、少女が視て記憶したモノは大人の方にも共有される。

 なので、待機させていてもまったく問題は無い。


《――第一試合、『グリム』対『アプレンティス』の試合を開始します》


 本戦の試合はコロッセウム中央の舞台で行われる。

 該当プレイヤーは舞台の両端に転移され、三〇秒の準備時間が与えられる。この準備時間が終わるまでは一定範囲しか動けない。


 グリムは大鎌を、アプレンティスは先端に鳥籠が付いた長杖を構えた。


 そして、準備時間が終われば、あとはプレイヤー次第である。

 速攻を仕掛けるのも、様子見をするのも自由だ。ちなみに制限時間は一時間となっている。


「(ジョブは……公開してるんだ)」


 グリムのジョブは“魂狩の大鎌士”で、アプレンティスのジョブは“中庸の従魔喚術師”だ。

 どちらもレアジョブであり、通常の大鎌士や従魔師とは違った戦い方をするだろう。


 信仰先は非公開のようで、サブジョブも公開されていない。ミスリードも考慮しつつ、セナは二人の様子を観察する。


「《サモン・フィフス》、お前は攪乱しろ! 《エンチャント・フレイム》《レッサー・ストレングス》《レッサー・アジリティ》、隙を突いて突撃だ!」

「さぁて……《ソウルリーパー》! からの《ディレイスライス》!」


 アプレンティスは召喚獣で攪乱しつつ、従魔にバフを重ねて戦うようだ。

 召喚獣は従魔と違って、10レベル毎に修得する《サモン》一つにつき一体しか召喚出来ない。彼が使用したのはレベル60で修得できる、レベル50からレベル60のモンスターを召喚し使役する《サモン・フィフス》だ。


 支援魔法を幾つも使っていることから、【エンチャンター】のスキルを持っているのは間違いない。

 【テイマー】【サモナー】【エンチャンター】がメインスキルだと推察できる。

 さすがに進化先の名称までは分からないが、チュートリアルでスキル一覧を読み込んだだけあって、セナは大抵のスキルは覚えているのだ。


「(あっちは……近接特化かな。でも、斃した召喚獣を吸収している……? アーツも連発しているし、MP周りどうなっているんだろう)」


 対してグリムは、威力の高いアーツを惜しみなく発動させていた。

 あれだけ使っていたらMPの消費も激しそうだが、彼のMPが枯渇する様子は見えない。

 物理型ビルドはMPが低くなる傾向にあるので、セナは斃した相手からMPを回収する技を持っているのだろうと推察する。

 そして、ジョブ名の魂狩はそういった能力が基になってるのだろう、とも。


 やがて、アプレンティスが押され始める。

 同じレベルでも、MPを回復する手段に乏しい召喚術師と、斃した相手からMPを回収できる近接アタッカーでは相性が悪い。

 三〇分ほどの激闘を制したのはグリムだった。

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