72.レギオンしんかー!
とても不敬で眼福なミニイベントは終了した。
予選を見るつもりはないので、今のうちに諸々の用事を済ませるのだ。
まず、マーク付きのカプセルを開封すること。
次に、完全遺骸をレギオンに捕食させること。
可能であれば【魔界アルラウネの苗】の詳細も確認しておきたい。
「ここまで来れば、さすがに見つからないよね」
セナが選んだのは、王都から少し離れた森の中だ。
この世界、開拓済みの土地より未開拓な土地の方が多いので、身を隠せる場所はいくらでもある。
「じゃあ……開けよう」
「わくわく」
インベントリからカプセルを取り出し、セナは慎重に捻った。
パカッ……とカプセルが開き、中から黄金色のナニカが飛び出す。
《――ユニークモンスター【黄金色のミリオネア】が出現しました》
ソレはスライムだった。ピキィ! という音を発し、髑髏を動かして威嚇している。
蜂蜜のようなゲル状の物体に髑髏が浮かんでいる。あの髑髏が【ミリオネア】の頭部なのだろうか。
セナはすかさず矢を射ったが……【ミリオネア】に触れた箇所から一瞬で消化された。
バカにするように音を発したそれは身を震わせ、逃走を図る。
「あ、逃げちゃ駄目」
逃走しようとした【ミリオネア】を、レギオンが影で捕まえた。
それでもすばしっこく逃げようとしたので、レギオンは更に多くの影を使って【ミリオネア】をギュッと拘束する。
「ピキ、ィィィ……」
《――ユニークモンスター【黄金色のミリオネア】が討伐されました》
「あ、……たおしちゃった」
「……斃しちゃったの?」
「……レギオン、たおしちゃった」
しかし、想像よりもかなり弱かったようで、【ミリオネア】はレギオンの影が握りつぶしてしまった。
レギオンの影は彼女の肉体だ。腕であり、足であり、牙であり、爪であり、消化器官でもある。
しかも、このユニークモンスターはドロップ品を落とさなかった。
しゅんっ……としているレギオンを、セナは頭を撫でて慰める。
逃げられるよりはマシだ、落ち込まなくていい、と。
なぜなら、レギオンのレベルが今のでかなり上昇したのだ。
弱くてもユニークモンスター、経験値は大量に持っていたのだろう。昔のRPGの、メタルなスライムのようなものだ。
レギオンが強くなったのなら、それはそれで構わない。
セナはそう考えた。
「気を取り直して……まずはこれを片付けちゃおう」
次に取り出したのは完全遺骸だ。【ラヴァ・ドラゴンの完全遺骸】と【イノセント・ヒューマンユニットの完全遺骸】である。
【ラヴァ・ドラゴンの完全遺骸】は名称通りドラゴンだが、【イノセント・ヒューマンユニットの完全遺骸】は一部を除けばほぼ人間そのものだ。
謎の道具を幾つも埋め込み改造された成れの果て、というべき惨状である。しかしセナは動じない。
「食べていいよ」
「……! レギオン食べる。食べてレギオンは大きくなる」
レギオンは誤って【ミリオネア】を斃したことで少し落ち込んでいたが、セナの許可が下りたので大喜びで完全遺骸に齧り付いた。
もぐもぐ、もぐもぐ、と一心不乱に食べている。
人間体の口以外にも、影から無数の口を生み出しては骨の髄まで噛み砕いて飲み込む。
そして、二つの完全遺骸を捕食したレギオンは、とても満足げな表情をしている。いまにも蕩けそうなほど幸せな顔だ。
《――条件が達成されました》
《――『レギオン』が進化します》
すると、アナウンスが流れた。
従魔は進化するのか、と考えたその時――レギオンに異変が起こる。
「……ぁ」
「っ、レギオン!?」
影が溢れる。影は瞬く間にレギオンを包み込み、沈んでいく。
セナは咄嗟に手を伸ばしたが、その手がレギオンを掴むことは無い。同時に、これまで感じていたレギオンの気配が消えた。
《――捕食した生体因子を確認中》
「(どうしよう……大丈夫なのかな、これ)」
セナは血の気が引く感覚を覚える。
ただの進化だと分かっていても、目の前でレギオンの姿が消えたことに動揺しているのだ。
「(――あれ? なんでわたし、心配しているんだろう。NPCはただの物なのに……なんで、心配なんだろう)」
そして、ふと疑問を抱く。
セナにとってNPCは物だ。いつでも復元できるデータの塊。従魔だってそのはずだ。だから、そもそも心配や不安を覚えるはずが無い。
だのに、セナの心臓はバクバクと鳴っている。
どうしよう、どうしよう、と心配ばかりが募っていく。
「(……嫌だ。レギオンがいなくなるのは、嫌だ)」
そして気付く。たとえ物だとしても、レギオンは大切なのだと。大切な物が無くなるのはとても嫌なことだ。
「や……」
レギオンは大切な相棒だ。セナに懐いている彼女は、一緒にいてとても楽しいのだ。
あの可愛らしい存在を失うのは、とてもではないが耐えられない。
だから、セナは無事に進化が終わることを祈る。
《――これまでに捕食した生体因子が統合されます》
《――『レギオン』の自己が確立されます》
【プレイヤー非通知アナウンス】
【個体名レギオンにユニークモンスターの因子を確認】
【ユニークモンスターに進化します】
【《管理者限定アナウンス》】
【《神格:エイアエオンリーカが進化に介入しました》】
【《個体名レギオンに魂が発生したことを確認しました》】
【《データのバックアップを行います》】
《――『レギオン』は【孤群のレギオン】に進化しました》
《――進化に伴い新たなスキルを獲得しました》
「――マスター、レギオンはとっても大きくなったよ」
進化完了のアナウンスが流れるまで二〇分ほど掛かった。
セナが泣きそうになった時、すっ……と優しく抱きしめられる。それはレギオンの腕であり、しかし少女の腕ではない。
「れぎ、おん……?」
「うん、マスターのレギオンだよ」
レギオンは大人の姿になっていた。包容力のある大人の姿だ。装備もレギオンに合わせてサイズが変わっている。
彼女は泣きそうなセナを抱きしめ、自分はここにいるのだと証明する。
「……いなくなっちゃ、や」
レギオンの胸に顔を埋め、セナは小さくそう言った。
「レギオンはずっとマスターの側にいる。絶対に離れないよ」
そう呟いたレギオンの顔は、とてもモンスターには見えない。包容力のある人間の女性そのものだ。
セナはその胸の中で静かに涙を流す。
友達がいなくなるのは、とっても嫌なことだから。
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